すべて「相手が悪い」に収束していた
ここで私が引っかかったのは、Aさんの感じている不満内容そのものではありません。転職前の面接や事前調査で得られる情報には限りがあり、実際に部署に入ってみないと分からないことは確かにあります。それが想像と違っていることも、決して珍しくありません。
私が引っかかったのは、状況の解釈がすべて「相手が悪い」「相手が変わるべきだ」という一点に収束し、そこから一歩も動かなくなっていたことでした。指示が曖昧なら、自分から「この部分は具体的にどう進めればよいか教えてください」と聞き返すこともできます。同僚が忙しそうなら、聞くタイミングや聞き方を工夫する余地もあります。しかしAさんの語りの中には、「自分がどう働きかけられるか」という視点がありませんでした。
他人も自分も責める必要はない
心理学には「統制の所在(Locus of Control)」という考え方があります。物事の結果を、自分の行動や工夫によって左右できると捉える人(内的統制)と、環境や他人、運によって決まると捉える人(外的統制)がいる、という枠組みです。
外的統制の傾向が強く、かつ「自分にはどうにもできない」という感覚が重なると、心理的なストレスはより強くなるとされています。もっとも、内的統制が強すぎて何でも自分のせいだと背負い込みすぎるのも、困りものです。その結果消耗していくケースを、私は数多く見てきました。
どちらにも極端に寄りすぎず、「相手の責任」と「自分にできること」を分けて眺められるかどうかのバランスが大切だと思います。そして、他人や自分を責めることなく、「この状況に対して、自分にできる働きかけが何かあるか」を考えるメンタルです。
Aさんは結局、半年後に転職しました。メンタル不調で休職とはならずに済んだことは、産業医としてほっとしています。ただ、次の職場でも同じように「相手が変わるべきだ」という視点にとどまってしまえば、環境を変えても同じことが繰り返される可能性はあります。環境が合わないのであれば、転職は正しい選択ではありますが、必ずしもそれが根本的な解決になるとは限らないと感じた症例でした。

