坂口あらため「鬼塚喜八郎」へ
「上田師団参謀、昭和十九年十二月にビルマ戦線で戦死」
上田の戦死を覚悟していたとはいえ、引き揚げが遅れているだけかもしれぬ、と一縷の望みを抱き続けていた福弥の落胆はひどいものだった。そして、上田の死を悲しむやいなや、喜八郎に懇願した。
「上田のことはあきらめるから、坂口さん、あなたが養子になってくれ」
三男二女の末っ子だから家督は継げず、実家に喜八郎の居場所がないことは事実だった。しかし、なにも鬼塚夫妻の養子になる理由はない。いまの鬼塚家には財産らしいものはなく、住んでいる家も借家である。鬼塚夫妻に義理立てもなく、あるのは上田との約束だけだ。
養子という形式にこだわらなくとも、上田との約束を自分は守る、と伝えても埒が明かない。明治村を出て神戸に行くことすら強く反対した両親のことを思うと、そう簡単に福弥の願いを聞き届けることもできないが、福弥は「上田もあなたが養子になることを願っているにちがいない」といって両手を合わせ、頭を下げた。
ついに喜八郎も根負けした。
「わかりました。養子になりますから、もう頭を上げてください」
この瞬間、坂口喜八郎あらため、鬼塚喜八郎としての人生が始まったのである。


