居場所を失った敗戦後の軍人の戸惑い

鬼塚夫妻の住まいは、神戸市の生田いくた区(現・中央区)山本通やまもとどおり四丁目にあった。造船所や製鉄所が集中していた神戸の海側は空爆で全滅したが、福弥の住んでいたあたりは焼失をまぬかれた。神戸のおよそ六割が焼け落ちたことを考えれば、借家とはいえ、住む家が残ったことは、このうえない幸運だった。

こうして、喜八郎と赤の他人の老夫婦との奇妙な生活が始まった。まずはともあれ、この廃墟と化した神戸で食い扶持ぶちを探さねばならない。

だが、鳥取一中を卒業してから28歳になるまで、喜八郎は軍隊という特殊な世界しか知らなかった。軍隊は規律と秩序が支配する究極の縦社会である。命令には絶対服従だが、裏を返せば命令に従ってさえいればよい。