ニセモノの魚で大魚を狙う

学生時代の私は剣道一色。強豪校に通い、中学、高校、大学では全国大会にも出場しました。毎日朝から晩まで練習に明け暮れ、趣味を楽しむ暇はありませんでした。剣道は大学で終わりと決め、その後はやりたいことに積極的に取り組むようになりました。

野口 智史
野口 智史(のぐち・ともふみ)
1986年、兵庫県生まれ。2011年、サンノート入社。商品開発や社内改革に注力し、22年より現職。

これまで電子工作、プログラミング、絵画、レザークラフト、DIY、ギター、ピアノ、ロードバイク、ゴルフ、キャンプ、アクアリウム(海水魚飼育)、釣りなど多くのことにはまってきました。興味を抱いたら物怖じせず、まずは飛び込んでみるのが私の流儀。面白さがわからなければいつでもやめればいいけれど、始めなければ楽しさを知らないまま。それでは人生がもったいないでしょう。海釣りは子どもの頃から大好きで、剣道を引退してすぐに始めました。毎週金曜の深夜に自宅を出発。DIYで内装をカスタムし、家族全員がゆったりと寝られるマットを設置した大型バンで、いつもの釣り場へ向かいます。よく行く海は淡路島、垂水、尼崎。狙うはクロダイ、キビレ、タチウオなどです。

せっかちな釣り人たちの殺気立った雰囲気が苦手で、魚影の濃さより人影の少ない釣り場を選びます。早めに着いたら車中で仮眠し、マズメ時(日の出や日の入りの前後約1時間)を待ちます。夜明け前後の1時間は、魚の捕食が活発になるルアー釣りのゴールデンタイムです。潮の流れを読み、風を考慮してロッドを振り抜きます。ルアーが着水したら、リールを巻きながら竿先を不規則に揺らす。パニックになった小魚の動きを模すのです。暗く波打つ海面の下に、狙う魚はきっといる。投げては引き、引いては投げるを繰り返しながら、魚との駆け引きを楽しみます。食いついた瞬間の手応えと興奮は、いつだって格別です。

もちろん、いつも簡単に獲物がかかるわけではありません。何時間やっても釣果が得られず「もうあかん。場所を変えよか帰ろうか」と諦めかけることもあります。

けれど、そんなタイミングで一匹釣れると「まだ行ける」とがぜんポジティブになって、粘りたくなる。この感覚はビジネスにも通じます。思い入れを込めて世に出したノートも、なかなか売れないことがあります。けれど「もうちょい頑張っといたら、ええことあるかな」と待っていたら、ふとしたきっかけで売れ行きが好転したことも、一度や二度ではないのです。

100円ショップが販路だからコアな需要に応えられる

弊社は100円ショップを主なルートとして、紙製品、ファイル、筆記用具、画材などを製造・販売する文具メーカーです。

例えば、私が企画した製品に「B6フリーノート」があります。低価格ながら368ページの大容量で、さまざまな使い方ができるのですが、月販8000冊程度にとどまっていました。ところが、あるビジネス誌に日記帳やToDoリスト向けとして紹介されると、翌月3万7000部、翌々月には6万部以上売れる大ヒットになりました。

コロナ禍で在宅勤務が増えたとき、会社備品の文具需要が激減しました。代わりに伸びたのが、個人で購入されるノートや画材です。お客様は自分の気に入ったものを使いたいので、ニーズは多様化します。そうした小さな需要に応えるために少量生産すると価格が割高になってしまいますが、私たちは100円ショップを販路に持っているメーカーです。各店舗で十数冊ずつの発注でも全国では数千冊のロットになるため、100円で個性あるノートや文具を提供できるのです。

日本の住宅は天井の低さに比して照明が強く、真っ白な紙だと目が疲れます。また、紙の表面がツルツルだと、ゲル系インクのボールペンはペン先が滑り、乾きも遅い。そこで、生成り色のわずかに肌理きめの粗い紙を採用し、使い心地を高めました。お客様は購入時にメーカー名は意識していないかもしれません。しかし「使いやすいから、いつも同じものを選んでいる」ノートがサンノートだったら、私たちの本望です。

気がつけばあたりはすっかり明るく、穏やかな春の日になりました。クーラーボックスに座って静かな海を眺めます。私にとって海釣りは、一人でリフレッシュし、考えをまとめる大切な時間です。だからこそ、よほどの大雨や強風でない限り、毎週どこかの海へ向かいます。釣れなくたっていいのです。今日は釣れたかって? それはご想像にお任せします。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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