38歳、7年越しで「モバイル」に戻る

――そして2012年、38歳でヤフーに復帰。宮坂氏を社長とする新体制のもとで副社長に就任します。

GyaOの体制を立て直し、軌道に乗ってきた矢先で、こんどは孫さんに呼ばれました。「GyaOで楽しくやってなんかいないで、大変なヤフーをなんとかせい」と言われて。

井上さんといい孫さんといい、ひどいと思いませんか? 自分でモバイル担当から外したり、赤字の会社に送り出したりしたのに、業績が上向くと「遊んでばかりいるな」って逆ギレするんですよね(笑)。

ただ、はっきり覚えているのは、「ついにモバイルをメインストリームに据えられるんだ」という高揚感です。電脳隊の頃にいち早くモバイルインターネットの到来を信じて、でも志半ばで会社を売らざるをえなかった。ヤフーでは途中でモバイル担当を外された。そのモバイルを、今度は会社の主軸に据え、しかも経営陣の一人として指揮できるわけですから。

しかも、当時のヤフーはスマホシフトに大きな後れをとっていたにもかかわらず、なかなか踏み切れていなかった。そこで孫さんが「体制を変えてでもスマホをやる」と一大決心した。このタイミングで変われなかったら絶対に取り残されるから、本当にスマホシフトをやりきらないと――そんな武者震いもありましたね。

ヤフーの新経営体制について会見する(左から)孫正義会長、宮坂学次期社長、井上雅博社長(肩書きは当時)
写真=時事通信フォト
ヤフーの新経営体制について会見する(左から)孫正義会長、宮坂学次期社長、井上雅博社長(肩書きは当時)(2012年3月1日、東京・日本橋兜町の東証)

「想定外の機会」を活かしたほうがいい

――「左遷人事」から大組織の副社長まで。30代の間に、川邊さんご自身の立場も役割も大きく変わりました。この10年間が、ご自身をどう形づくったと振り返っていますか。

イノベーションのジレンマ』で知られる経営学者のクレイトン・M・クリステンセンが書いた『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社)という本に、次のような一節があります。キャリアには、自分で立てた計画を追う「意図的戦略」と、予期せぬ機会から形づくられていく「創発的戦略」の2つがあり、その両方のバランスが人生を決める。進む道がまだ定まっていないなら、人生の窓を開け放って想定外の機会を活かしたほうがいい、と。まさにこの言葉が、私の30代を総括していると思います。