習近平が「企業いじめ」をやめられない理由
それでも翌年7月、過去最高料率の罰金である。思えば2018年にも習氏は民営企業座談会を開き、「民営企業と民営企業家はわれわれの身内だ」と支援を誓っていた。誓いは繰り返されるが、摘発も繰り返される。
この分裂は、個々の政策の迷走というより、体制の構造に根差している。米国の政治学者バリー・ワインガストは、市場経済が抱える根本的な政治のジレンマをこう要約した。財産権を守れるほど強い政府は、市民の財産を奪えるほどにも強い、と。
権力を縛る独立した司法も議会も持たない中国では、「もう狙わない」という党の約束を保証する仕組みがそもそも存在しない。支援策や法律をいくら積み上げても、信用は積み上がらない。むしろ予測不能であること自体が、企業を萎縮させて従わせる統制の道具になっている。
成長のためには民営企業を励まさざるを得ず、統制のためには時折殴りつけざるを得ない。そして景気が悪化するほど財源と統制の必要は高まり、締め付けが強まり、投資が萎縮してさらに景気が悪化する。この自己強化的な悪循環こそ、中国経済を蝕む「末期症状」である。処方箋を書けるのは党だけだが、その党こそが病因なのだ。
日系企業は「二重に狙われる」立場にある
この構図は、すでに外資にも及び始めている。SAMRは2025年2月に米グーグルへの独禁法調査を開始し、同年9月には米半導体大手エヌビディアについて独禁法違反の疑いがあると暫定的に認定した。米国の半導体輸出規制への対抗の色が濃いが、その道具に独禁法が選ばれたこと自体、法の執行が政治に従属していることを物語る。
日本企業も例外ではない。2025年7月に配信されたジェトロのビジネス短信によれば、中国側の統計から見た2024年の日本から中国への直接投資実行額は前年比46%減の21億ドルと、さかのぼれる2005年以降で最低となった。対中投資全体に占める日本の構成比は1.8%まで縮み、国・地域別の順位も前年の4位から7位に後退している。
しかも日系企業は、独禁法に加えてデータ関連法制や2023年施行の改正反スパイ法という重層的な規制網の下で事業を営んでいる。稼げば財源として、外資であれば外交カードとして狙われる。素地を二重に抱えているのだ。現場が求めてきたのは優遇ではなく規制運用の予見可能性だが、今回の処分はその期待を裏切った。
稼ぐ企業ほど狙われる国で、誰が投資をするのか。10年かけて太らせておいて、実った瞬間に売上高の7.5%を刈り取る国に、進んで種をまく者はいない。トリップドットコムへの約1250億円の処分は、一つの独禁法事件である以上に、この問いを世界中の経営者と、中国に踏みとどまる日本企業に突きつけた。
中国が自らこの答えを変えない限り、支援策をいくら重ねても、資本は戻ってこない。


