有権者が「危うさ」を嗅ぎ取れるか
選挙戦術に徹するのであれば、選挙戦を中心争点へ集約する戦略と「論争ならぬ論争」によって熱を高め、その熱を利用しSNS内外で組織づくりをすればよいのかもしれない。しかし、その「論争ならぬ論争」が選挙戦そのものを劣化させるのは論を俟たない。また、山積する諸問題に関する議論が空洞化し、先述した事実上の白紙委任を招きかねない。
だからこそ、「ひろゆき&いずみ新党」に問われているのは、少子化対策以外の政策をどれだけ数多く並べられるかではない。少子化対策を入口としながら、それ以外の問題について、どのような原則で判断するのかを、SNSでも届く言葉によって示せるかである。
そして同時に、過度の単純化、罵倒、揶揄の応酬という越えてはならない一線を見極め、なるべく「まともな議論」をSNS内外で活発化することである。それができないならば、SNSを主戦場に選ぶべきではない。無論、「論争ならぬ論争」には参加せず、冷めた評価を下すという姿勢は、有権者の側にも求められる。
中心争点の分かりやすさを保ちながら、複数の政策を貫く方向性まで有権者へ伝える。それができれば、この新党はSNS時代の新たな政党モデルになり得る。一方、それを経ずに選挙で大勝を収めてしまえば、SNSを利用して政治を変えた成功例ではなく、SNSの文法に政治が従属した危険な先例として歴史に刻まれるだろう。

