参政党との比較でわかる”最大のアキレス腱”
参政党もまた、一定の知名度を有した人物たちが発足に携わった。しかし、ひろゆき氏や泉氏の知名度や影響力には及ばないだろうし、だからこそ結党初期の参政党は新型コロナワクチンに強い不信感を有するコミュニティや、いわゆる自然派コミュニティといった、既存政党が手を出さないリスキーな票田をも取り込んだのだろう。
一方、「ひろゆき&いずみ新党(仮)」は、すでに多数の潜在的支持者を含む巨大なフォロワー圏を有しているため、参政党のようなリスクを負う必要がない。この点は、参政党と比較した際の明確な強みだと考えられる。が、同時にそれは最大のアキレス腱でもある。
なぜならば、その潜在的支持基盤が、ひろゆき氏という個人に依存しているためだ。もっとあけすけにいえば、ひろゆき氏の意欲がどれほど強く、そしていつまで持続するのかという点に大きく左右されてしまう。
この「個人に依存する強み」を、ひろゆき氏の意欲が続いているうちに「組織に依存する強み」に転換できるかどうかが、新党の行く末を左右するだろう。
事実上の白紙委任に繋がる
郵政民営化の是非をめぐる衆院選がそうであったように、これまでも中心争点を前面に出した選挙戦略は散見されたし、有効に機能した実例が多数確認できる。そしてSNS時代において、ますます同様の戦術が力を持つようになるのは容易に想像がつく。それとともに、理念やイデオロギーは、ますます後景に退いていくだろう。
しかし、理念やイデオロギーは決して捨てたものではない。それが提示されれば、曖昧だとしても各政策の方向性が理解できるからだ。新自由主義的、社会主義的、またはその他の理念やイデオロギーを掲げれば、諸問題に対し、どういった政策をとるのかはおおよそ分かる。
だからこそ、理念やイデオロギーに注目して一票を投じるという行為には意味があった。諸問題の優先順位を、理念やイデオロギーが漠然とではあるが示してくれたと言い換えてもよい。
一方、中心争点ばかりが可視化されるほど、理念やイデオロギーの意義は薄れていく。その結果、少子化対策以外の政策における事実上の白紙委任に繋がりかねない。選挙で前面に出された中心争点だけで有権者が判断するようになれば、それ以外の膨大な問題や課題について、いったい有権者はどういった判断をしたことになるのだろうか。

