「下品な振り付け」と言われたが…
レコード会社の編成会議では揉めた。ビクター側は、てっきりフォーク調の曲になると思っていたからである。だが都倉が自ら会議に出向いて押し切った。グループ名も、都倉発案でカクテルの名前から採った「ピンク・レディー」(ほかに静岡出身なので「みかん箱」という真逆の案もあった)に決まった。
そこから、誰もが予想していなかったピンク・レディーの芸能史に残る快進撃が始まった。
1976年8月発売の「ペッパー警部」はオリコン週間シングルチャート4位で60万枚以上を売り上げ、例の足を開いたり閉じたりする振り付けはメディアが「下品」と取り上げる騒ぎになった。2枚目の「S.O.S」では初のオリコン週間シングルチャート1位を獲得する。
それだけでは終わらず、翌1977年から1978年にかけてはまさにピンク・レディー一色になった。
「渚のシンドバッド」はオリコン週間シングルチャートで8週連続の1位。レコード売上もとうとう100万枚を超えるミリオンセラーになった。ここから「ウォンテッド(指名手配)」、「UFO」「サウスポー」「モンスター」と、計5作連続のミリオンセラーという前代未聞の快記録を達成する。
歌のアニメーション化という革命
詞の内容も、従来のアイドルとは違っていた。
当時のアイドルは、純情な恋愛ソングを歌うのが常識。だがピンク・レディーが歌ったのは、恋愛をするにしても強い女性。たとえば、「渚のシンドバッド」では、海辺でナンパしてくる男に対して「ちょっとお兄さん なれなれしいわ」と軽くあしらう。
さらに「UFO」になると、宇宙人との恋愛が歌われる。「地球の男に 飽きたところよ」というのがその理由で、強さもここまで来るとファンタジー以外の何物でもない。
そして「サウスポー」になると、もはや“アイドル=恋愛ソング”という枠から離れ、ピンク・レディーは魔球を投げるサウスポーのピッチャーとなって、ホームラン世界記録を達成した王貞治と思しき強打者と対決する。
作詞の阿久悠は、これら一連の曲を「非日常性のエンターテインメント路線」とも「歌のアニメーション化」とも呼んでいる(阿久悠『夢を食った男たち』、208頁)。宇宙人との恋愛や王貞治と女性投手の対決など、まさにアニメの世界。言い得て妙である。

