削ぎ落とされた先には本質的な欲望だけが残る
「うさぎさんは余命いくばくもないんだから、今のうちに好きなもの食っておいたほうがいいですよ」
友人のドクター高梨に言われた言葉です。「余命いくばくもない」なんて本人に向かって言う人、初めてだよ。しかも医者のくせに。医者って普通、そんなこと言わないじゃん。でも、今では自分でも言ってますよ、「余命いくばくもない身です」って。ウケたからね、そのフレーズに。
1958年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。0Lやコピーライターなどを経て小説家デビュー。『女という病』『私という病』『愛という病』『セックス放浪記』『狂人失格』『他者という病』など多数の著書がある。現在は夫と猫とともに千葉の田舎に暮らす。
別に長生きはしたくありません。でも、生きてる間に自分の中の欲望が減っていくことは、つらいですね。たとえば、私は食べることが大好きなんですが、体が受け付けなくなってきてる。好物のうなぎを食べれば、次の日必ずお腹を壊して寝込むわけ。「なんでだろう」と思ったら、別の友人の医者に「うさぎさんの腸が老化して、脂を分解できないから」と言われました。そのうち、揚げ物も、とんかつも、コンビニのコロッケでもお腹が痛くなるようになって。そうするとバターもダメ、フレンチもダメと、どんどん食べられるものが減っていき、欲望が否応なく削ぎ落とされる。
でも私って、欲望がガソリンだったような人間だから、そうなるのがすごく嫌なの。見た目の劣化や、体力が落ちるのはしょうがない。でも、「これが面白い」「これのためなら全財産つぎ込んでもいい」「一日中これしてても平気!」って思えるものまで減っていくのは、本当につらい。やっぱり、それがほしい。
もうガソリン切れ寸前で、油ものを食べたらすぐエンストするような廃車寸前の車になってる。でも、走るのを諦める車にはなりたくない。走れなくても、プンスカプンスカ、空ぶかしだけはしていたい。生きることに執着するっていうよりも、自分に執着し、欲望に執着したいですね。
今、いちばん執着してる欲望は、「食」です。ご飯を食べてるときが一番幸せですね。服にも男にも興味がなくなった。たとえば、年取っても婆さんの後ろを追っかけ回してる爺さんっているじゃないですか。なんだかんだ言って、最後にはその人の本質的な欲望だけが残るんだなって思い始めた。私の場合、最後に残ったのは色欲でも着飾り欲でもなく、食い意地なんだと思って。食欲っていうより、食い意地です。
一番好きな料理はフレンチですね。千葉の茂原に引っ越してからは、東京で仕事があるついでに、月に1回とか2回、高梨たちと高いフレンチの店に行くのが唯一の楽しみ。ただ、もうフルコースは苦しい。老人だから胃も小さくなっちゃって。その割には痩せないんだけど。バターもたくさん使うから重いし、あんまり食べすぎると体を壊しちゃう。でも、たとえ次の日に一日寝込んでも、フレンチは食べたい。食い意地だけは強烈に残ってます。
フルコースを食べ切れないってわかってるのに、「プラス8000円でフォアグラのソテーが付けられる」なんて聞いたら、食べたくて「それください」って言っちゃう。最近は東京へ出るのも面倒くさいから、大好きなフレンチにすら、あまり行かなくなったけど、食い意地だけは本物ですよ。
欲望への執着は激しいけど、死後にはまるで執着がありません。私、終活をやる気がまったくなくてですね。死んだ後のことなんて、どうなろうと私の知ったことじゃないっていうか。残すものなんて何もないし。身の回りを綺麗にしろって言われるかもしれないけど、私は片付けないから、すごいゴミ屋敷に住んでるんですよ。生きてるときに整理整頓もできない人間が、なんで死に向けて整理整頓しなきゃいけないのか。面倒くせえよ。
だから、老いのテーマは終活ではなく「執活」です。最後まで欲望に執着していたい。そのためには、身辺整理なんかしてる場合じゃないんですよ。身辺整理は、夫がすればいいんですよ。もう夫がいなかったら、誰かがすればいい。
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