曖昧さに耐えられてはじめて大人になれる
そんなAIの時代に人間が果たす役割は、「AIにさまざまな課題を与え、命令すること」。
さまざまな課題、命令を出すには、さまざまな可能性を考えられる想像力と柔軟な発想、すなわちファジーな考え方ができなければなりません。つまり、昔流行った「ファジー」が、今の時代に求められているというわけです。
心理学においては、「白と黒の間にはグレーがある。グレーには薄いグレーもあれば濃いグレーもある。こうした理解をできるようになるのが、人間的な成熟である」とする考え方があります。これを専門的には、認知的複雑性といいます。
ものごとが曖昧な状況にあると不安感が増幅し、なんとか白か黒かを決めたがる人もいます。社会心理学者の岡本浩一氏は、そういう人は「知的な意味での成熟度が低い」と言っています。これは心理学的には、「認知的成熟度」と呼ばれます。
この複雑で曖昧な状態に耐えられるかどうかが、人間の成熟度を測る尺度になるというのです。簡単に言えば「曖昧さに耐えられてはじめて大人になれる」ということです。こうした考えは、先にお話しした「まあ、いいか」マインドにも通じます。
例えば、前評判がいいので観にいった映画が、意外なほどつまらなかったとします。後悔したけれど、よくよく振り返ってみると「9割は退屈な映画だったけれど、1割くらいは役に立つ人生論も盛り込まれていた」ことに気づくかもしれません。
そうなると、「1割くらいは観ておいてよかったと思えるのだから、まあ、いいか」という気持ちにもなれるものです。
うつ病や不安神経症にもなりにくい
「あの映画はよかった」とはいえなくても、観てよかったかどうかと問われれば「どちらともいえない」とか「少しはいいところもあった」というグレーな評価を下すことはできます。
このようにグレーな考え方ができる人は、うつ病や不安神経症になりにくい傾向があります。「まあ、いいんじゃないの」と思えるようなファジーさを持てば、悩みや不安、迷いなどにも、上手に対処できるようになるのです。


