一政治家が皇室に口を出す

ところが見合いが廃れ、外から優れた人材を迎える回路が細るにつれ、閨閥に残ったのは、わが子に家を継がせるだけの仕組みだった。閨閥は、立身出世の舞台から、ただの世襲の器へと変わっていった。

閨閥が世襲の器に変じたその先で、かつて「名誉」の象徴にすぎなかった皇室との縁もまた、別の意味を帯びはじめたのが令和の今だ。

皇族数の確保をめぐる皇室典範の改正で、麻生は「皇室にもっとも近い政治家」として、継承ルールづくりの中心に座った。実妹・信子妃を介した皇室との縁戚が、こんどは制度そのものを動かす足場になっているのである。

彼は旧宮家の男系男子を養子として皇籍に復帰させる案に強くこだわり、世論で高まる「愛子天皇」待望論とは一線を画してきた。野党は養子案を「事実上の世襲貴族をつくるものだ」と批判するが、閨閥を体現してきた当人が、新たな世襲の身分を設計する側に回っているという構図は、いかにも示唆的だ。皇室まで自らの差配のうちに収めようとしているのではと見る向きもある。

もっとも、その手の伸ばし方を、批判だけで片付けるわけにもいかない。背景には現実の継承危機がある。現行法では若い世代で皇位を継ぎうるのは悠仁さまだけであり、皇族数の先細りが公務の維持すら危うくしているのは事実だ。

靖国神社の門扉に付けられた菊の御紋
写真=iStock.com/katana0007
※写真はイメージです

地の底から始まり、「天」に近づいた

麻生の側にも、養子案を推す複数の党の期待を背負い、男系の継承を守るのだという明確な論理がある。皇室典範の改正そのものも、いまなお国会で進行中である。それでもなお、一炭鉱から起こった一家の当主が、これほどの力を握るに至ったという事実は動かない。

麻生太郎はこの国で力がどこから生まれるのかを象徴する存在である。彼を彼たらしめているのは、世間が見たがる吉田茂ゆずりの上品な血ではない。炭鉱を閉じ、人を切り、それでも財を守り抜いてきた「石炭屋の矜持」にこそ、彼の力の源泉がある。そして、地の底から始まった財は、いま「天」にもっとも近い場所にまで届こうとしている。

「どう考えたって、石炭屋が上品なわけないでしょう」

その一言は、おそらくは彼なりの、ささやかな矜持の表明だったのだろう。少なくとも当時は。

参考文献
吉田司「(現代の肖像)外務大臣 麻生太郎 今こそ首相と決別し「石炭屋の流儀」見せよ」『AERA』2007年7月16日号
河野敬一「近代筑豊地域の形成と地方財閥の動向」『日本地理学会発表要旨集 2014』日本地理学会
毎日新聞「特集ワイド:麻生太郎新幹事長って? ワンマンの血筋、頭下げられる?」2007年8月28日夕刊
週刊朝日「日本の大閨閥 戦後の首相32人のうち、17人がこの“閨閥”から出ている」2010年9月10日号

【関連記事】
小泉進次郎氏でも、高市早苗氏でもない…いま自民党内で急浮上している「次の首相」有力候補の意外な名前
食前に「たった一杯」飲むだけで肝臓の脂肪を落とせる…専門医の中では常識「食物繊維、発酵食品」あと一つは?
なぜ皇室に1男2女をもたらした「良妻賢母」が嫌われるのか…紀子さまを攻撃する人たちの"本音"
だから麻生太郎は「愛子さまが皇室を去る日」に向けて突っ走る…島田裕巳「皇室典範改正案に隠れた黒い本音」
セブン‐イレブンの「最強ナンバー2」はなぜ社長になれなかったのか…鈴木敏文の"最後の弟子"が語った本音