報道されるスパイ事件は氷山の一角

管轄署に外事一課が協力する形で捜査が進められたが、社員とロシア人外交官の接触はその後も繰り返され、これ以上泳がすと危険だという判断から、社員の逮捕に踏み切ることになった。会社の財産を勝手に持ち出して利益を得ていたという業務上横領の容疑が適用された。

勝丸円覚『警視庁公安部外事課』(光文社新書)
勝丸円覚『警視庁公安部外事課』(光文社新書)

もちろん会社は捜査に全面的に協力したが、ただし社長は「社の信用に関わることなので、なんとか世間には知られないように……」と懇願したという。

このため事件は会社員による横領事件として処理された。

スパイの存在は公表されず、管轄署扱いの事件なので新聞に大きな記事が載ることもなかった。

情報を受け取っていたSVRの男は強制追尾を受けて大使館を出なくなり、後日、日本を離れた。

この事件のように、企業がスパイの被害に遭った場合、摘発が行なわれても公表されないケースもある。

新聞やニュースで伝えられるスパイ事件は氷山の一角にすぎないのだ。

「敵を欺くにはまず味方から」

ところで、コワリョフと元陸将の事件の摘発から数年が経った今、改めてこの事件の経緯について振り返ってみると、私がホテルのレセプション会場で初めてコワリョフと元陸将の接触を目撃したのが外事一課にとってのこの捜査の端緒だったと言いきっていいのか、確信がもてなくなってくる。

私は事件当時、そう説明されていた。つまり、私がレセプション会場にいたおかげで元陸将の存在が初めて浮上し、摘発することができたと聞かされ、「お手柄」として部内で表彰までされた。

しかし、今になって思い起こすと、もしかしてこれは私がそう思い込まされていただけで、実際は元陸将の存在は外事一課秘匿捜査班の視界にすでに入っていたのではないか、と思える節があるのだ。

今となっては何が真実なのかわからない。

「敵を欺くにはまず味方から」――そんな言葉を地でいく組織が外事警察なのだ。

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