熱心に教えを請われ師弟関係に
元陸将はコワリョフと現役時代から顔見知りだったが、退官後に再会すると、自分の専門分野である部隊の運用法などについてコワリョフから熱心に教えを請われ、やがて師匠と弟子のような関係になっていったという。
別の国の武官とも親しくなった元陸将は、自分は退官後もこれだけ豊富な人脈を持っているのだと周囲に誇りたい心理につけ込まれたようだ。
教範を渡すことになったのは、コワリョフから「これまで教えていただいたことについてマニュアルのようなものはありませんか」と問われたのがきっかけだったそうで、当初はさほど重要な機密ではないという油断があったようだ。
だが、同じものを追加で要求されて現職自衛官にまで集めさせた時点で、自分が一線を越えていることに気づかなかったのだろうか。
外事一課はこの時の元陸将の状態を、本格的な協力者になる前段階だったと分析し、これ以上の深みにはまって重要機密の漏洩に追い込まれる前に終止符を打たせようという判断から事情聴取に踏み切った。
東京地検は元陸将の処分について検討した結果、秘密の漏洩に当たると嫌疑は認めたものの、「事案の重大性の程度」などを考慮して起訴猶予処分とした。
これは外事一課としても想定内の処理だった。
どこで強制捜査に踏み切るか
「見ている」ということを相手に知らしめる――これは、外国のスパイを監視する外事警察の根底にある考え方だ。
スパイを泳がせて、もっと抜き差しならないところまでいってから摘発したほうが事件として人々の目に派手に映るかもしれないが、それよりも、被害を軽減することに重きを置かねばならない。
どこで強制捜査に踏み切るかの判断は、現場から叩き上げた指揮官である外事一課長のセンス次第なのだ。
時には、一人のスパイを監視するためにかなりの時間と経費をかけて続けてきた秘匿捜査のオペレーションを、ある日突然、「強制追尾」に切り換えて打ち切りにしてしまうこともある。
「強制追尾」とは「秘匿追尾」の反対語で、相手に「見ているぞ」とわからせるように大っぴらに捜査員を張りつけて情報源と会わせないようにすることだ。
たとえば、重要な機密が持ち出されて、スパイの手に渡るのをなんとしても阻止しなければならない時、あるいは、情報漏れの量が大きすぎて、一刻も早く“蛇口”を閉めねばならない段階に来た時――こういう場合は関係者を逮捕することよりも、流出を食い止めることのほうを優先し、捜査員が表舞台に姿を現す。
こんなことを言うと不謹慎に聞こえるかもしれないが、普段は細心の注意で秘匿捜査にあたっている捜査員たちにとって、強制追尾は意外と楽しい仕事らしい。
堂々とスパイについていけばいいのだ。

