エリートの元陸将と判明
たとえば、きょうのようにコワリョフがホテルに行くことがあらかじめわかっていた場合は、結婚式の相談に来たカップルにしか見えない身なりの若い男女が実は秘匿捜査員だったりする。
あるいは商談に訪れたビジネスマンを装っているかもしれない。
私が探し回ったとしても、おそらく見つからなかっただろう。
そもそも外事一課では、課員の名簿や編成表のようなものがオープンにされていない。
課の所属人員は総勢百人余りといわれるが、表の存在である私の前には一度も姿を現さないような秘匿捜査員が多数在籍しており、同じ課の同僚であっても彼らの離任着任すら知ることができないのだ。
私の連絡を受けた秘匿チームはこの後、「スーツYタイ60白髪短髪」の男性が会場を出るのを待って追尾を開始する。
そしてこの夜、男の自宅を突き止めたのだが、その経歴を知って愕然としたという。
陸上自衛隊のナンバー2、東部方面総監にまで上りつめたエリートの元陸将で、数年前に退官し、現在はさる大企業の顧問に天下っている人物だった。
ロシアのスパイの奇妙な習性
ロシアのスパイには奇妙な習性があって、彼らは情報源と会う時、必ずその場で次回の会合の日取りを決めたがるという。
後で連絡するということは滅多に言わず、
「じゃあこの次の予定を決めましょう」
と会合の最後に口にするのだ。
しかも、後になって予定が変更されることをとても嫌がり、大使館や携帯に電話をかけてこられるのも嫌う。
このため一度会合の日時と場所が決まったら、それはよほどのことがない限り動かないと考えていい。
これは捜査チームにとっては非常にありがたいことだ。
会話の内容さえキャッチできれば、次回は先に店に人を配置して2人が現れるのを待つことができるからだ。
コワリョフの場合も、この習性は同様だったらしい。
ある日、会合の様子を捜査員たちが密かに監視していると、元陸将がコワリョフに何か包みのようなものを渡す場面が現認された。
「なにか渡したぞ。あの中身は何だ」
捜査チームは2人の会話を密かに記録していた。
「じゃあ前回約束したものです」と元陸将。
「もっと追加をいただけないですかね」とコワリョフ。
そんなやりとりを隠しマイクが拾っていた。

