NHK「豊臣兄弟!」では、ついに本能寺の変が描かれる。明智光秀はなぜ、主君・織田信長を討ったのか。これまで「日本史最大の謎」とされ、秀吉、家康、朝廷、足利義昭などをめぐる“黒幕探し”が繰り返されてきた。しかし近年、一次史料の発見と研究の進展によって、信長の四国政策が光秀を追い詰めたとする「四国説」が有力視されている。ルポライターの昼間たかしさんが、最新研究から“本能寺”の核心に迫る――。
織田信長像 賛・跋。原本は愛知県西加茂郡挙母町長興寺所蔵
織田信長像 賛・跋。原本は愛知県西加茂郡挙母町長興寺所蔵(写真=狩野元秀画/東京大学史料編纂所/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

「豊臣兄弟!」が描く四国説

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。いよいよ、大河ドラマの名物・本能寺の変に向かってドラマは盛り上がっている。今回は、明智光秀がどうして本能寺を燃やすのか? そして、どう燃えるのか? 「豊臣兄弟!」が名作となるのか、凡作となるのかも、燃え方次第である。

そんな第26回「信長を笑わせろ!」(7月5日放送)は、かなり衝撃的な内容だ。

冒頭、信長は三好勢の訴えを受け入れて長宗我部元親の四国切り取りを認める約束を反故に。さらに、信澄は元親と内通していたことが露見する。激怒した信長を諫めようとした光秀は蹴り飛ばされて面目を失うことに……。

わかるだろうか、今回の「豊臣兄弟!」は、本能寺の変の原因を、元親討伐を推進する信長に対して、取次だった光秀が追い詰められ反旗を翻したという、いわゆる四国説を中心に描こうとしている。

これまで無数の原因が語られ、いまも次々と生み出されている本能寺の変。しかし、2026年の現在、四国説はもっとも有力な説と考えられるようになっているのだ。

いったい、四国説のなにがそんなに強力なのか?

“本能寺の黒幕探し”とは、ひと味違う

実はこれまでの「本能寺の変・黒幕は誰だ」論争と、四国説はまったく毛色が違う。朝廷説、家康説、秀吉説、イエズス会説、足利義昭説……令和になっても新説が量産され続け、テレビの特番は毎年のように「日本史最大の謎」を看板に掲げる。だが、これらはすべて「誰が光秀を操ったのか」という黒幕探しの側面は強かった。

それに対して、四国説は光秀が主犯ともいえる説だ。

そのため、突飛な説の一つと思われていたことは否めない。この説は歴史研究者の藤田達生や桐野作人などによって唱えられてきた説である。例えば、この説を支持する土佐史研究家の朝倉慶景は「長宗我部氏の四国侵攻と本能寺の変」で、信長と元親の対立過程を検証。元親が戦争回避を検討しているのに対して「信長は、四国について全く無関与にもかかわらず、相手がとうてい承諾しえない条件を一方的に提示して、拒んでくるのをあたかも期待し、戦争を待っているかの態度である」としている。

ただ、この説は多くの支持を集めるものではなかった。というのも、対立を原因とすることを明確に論証する史料に欠けていたためだ。中脇聖「長宗我部氏から見た本能寺の変」(『歴史読本』2014年6月号)では、一次史料を検討した上で、つぎのように述べている。

これまでの諸研究で強調されてきた光秀の立場の後退は、四国政策の転換によってもたらされたというより、織田権力の長宗我部氏への処遇に不信感を抱いた元親による毛利氏接近によって引き起こされたこと。「本能寺の変」の原因が長宗我部氏の討伐を回避せんとする光秀・利三主従によるものとする具体的な史料的根拠が存在しないからなのである。