本能寺は“ミステリー”から“歴史研究の対象”へ
ただし、ここで一つ釘を刺しておきたい。「二度梯子を外された」ところまでは、石谷家文書という一次史料が裏付けている、動かない事実だ。
だが「それで光秀が織田家中で詰んでいた」かどうかは、実は熊田論文自身も「一次史料の裏付けはない」と正直に認めている部分である。
実のところ、四国説の弱さはこれである。そもそも、光秀を差し置いて対四国の政策を変更するということがあるだろうか。なにより光秀であれば、既に元親の四国統一は現実味がなく妥協するであろうことは見通していそうだ。
つまり、格下げ確実→暴発のようなことは想像し難い。確かに歴史上は、叱責されて左遷を予感した側近に暗殺された韓国大統領朴正熙のような事例もあるが……。
今回のドラマで四国説に義昭の暗躍を合体させたのは、四国説にはまだまだ弱点があることを示すものかも知れない。
ただ、四国説は新史料の発見で、どこまでが史料で確定していて、どこからが推測なのかを一つ一つ切り分けられるところまで進歩している点で、評価に値する。
長らく本能寺の変は、バラエティ番組の煽り文句と、小説家・脚本家の妄想力だけが跋扈する無法地帯だった。誰でも「黒幕は○○だ」と言えば、それなりに一本の物語ができてしまう。だが2014年の石谷家文書公表以降、この事件は「誰でも自由に犯人を指名できるミステリー」から、「一次史料を積み上げて検証しなければならない歴史研究の対象」へと、静かに書き換えられている。


