安倍晋三元首相が選挙演説中に凶弾に撃たれ、非業の死を遂げたのは2022年7月8日のこと。国際基督教大学のスティーブン・ナギ教授(政治学・国際関係学)は「政治家・安倍氏のレガシー(遺産)への海外の評価は日本国内のものとは異なる」という――。
暗殺された安倍晋三元総理を追悼する記念碑(大阪 住之江区の大阪護國神社)
暗殺された安倍晋三元総理を追悼する記念碑(大阪 住之江区の大阪護國神社)(写真=Photo memories 1868/一般社団法人 板垣退助先生顕彰会/PD-author/Wikimedia Commons

安倍晋三元首相が凶弾に倒れて4年

安倍晋三元首相が凶弾に倒れてから、まもなく4年になる。日本国内では今なお、さまざまな形で安倍氏をめぐる評価の議論が続いている。だが、海外の人々は安倍氏を、そしてその「遺産(レガシー)」をどう見ているのだろうか。

長年にわたり日本とアジアを見つめてきた外国人研究者・観察者として、私はこれをできるかぎり分かりやすく説明してみたい。

まず結論から述べておこう。海外における安倍評価は、日本国内で語られているものとはかなり異なっている。そして、その海外の評価のなかには、現在の高市首相にとっても、日本全体にとっても、学ぶ価値のある重要な教訓が埋もれているのだ。

不完全な人間・政治家だった

話を進める前に、一つはっきりさせておきたいことがある。安倍氏は、すべての政治家がそうであるように、不完全な人間だった。そして彼は、誇り高き日本人でもあった。

2013年2月、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)での講演で、彼はこう宣言している。

「私は戻ってきた。そして日本もまた戻ってくる(I am back, and so shall Japan be)」

同じ講演のなかで、彼はその核心的なメッセージをこれ以上ないほど明確に打ち出した。「日本は二流国ではないし、これからも決して二流国にはならない(Japan is not, and will never be, a tier-two country)」と。

安倍氏に対する評価は、日本国内でも鋭く割れていた。極右のナショナリストであり歴史修正主義者だと見る者もいれば、まさに時代が求めた人物だと評価する者もいた。

私自身が強く印象に残ったのは、別の点だ。彼は、日本についての個人的な信条と、首相として何をなすべきかとを、きちんと切り分ける能力を備えていた。

そして8年間、彼が一貫してなしたのは、日本の国益にかなう行動だった。この区別こそ、彼という人物を理解する鍵である。その鍵は、対立した関係となることが多い中国をはじめとする指導者たちさえも彼に敬意を抱いたのかを解くものでもあると、私は考えている。

つい最近も、G7の首脳たちはこの「安倍流の知恵」を外交の場で体現してみせた。彼らは自らの政治的なプライドをのみ込んだ。そして個人的な感情はさておき、ドナルド・トランプ大統領を称える形でG7首脳共同声明をまとめ上げたのである。