期待を「蹴り飛ばす」星野源が見たい

星野源との出会いから10年を超えたが、人気も実力も、相変わらず高値安定、長期安定政権である。音楽家だけでなく、俳優としても成功し、今や「国民的存在」といっていい。そのあり方たるや、事務所の先輩の桑田佳祐を想起させる。

こうなってくると、聴き手としても欲張りたくなる。私が思うのは「国民的存在=ナショナル星野源」ではない「個人的存在=パーソナル星野源」の発露である(拙著『桑田佳祐論』にある「ナショナル桑田」「パーソナル桑田」論参照)。

25年のアルバム『Gen』がよかったのは、彼自身が「自分の生き写しみたいなアルバム」というように、「パーソナル星野源」につながる内省性が垣間見えたところだ。同年のベストアルバムだと、各所で話し、書いた。