上手いというより「強い」と感じた理由

突然のサプライズに、会場だけでなく、司会や審査員も驚く中、グランドピアノの前にすっと座って『燃えよ』を弾き語る。

パフォーマンスは圧巻だった。とくにピアノ演奏にシビれた。楽器は自らの弾くピアノだけという逃げ場のない生演奏なのに、鍵盤をまったく見ずに(ここがすごい)、自らの両手を叩き付け、時にはカメラ目線も交ぜる余裕を見せ付けながら歌い続ける――。

いわば「上手い」というより「強い」演奏。その瞬間、藤井風が、紅白を完璧に牛耳った。藤井風で1曲挙げるとすれば、私なら、このときの『燃えよ』だ。

藤井風についてほとほと感心するのは、圧倒的なピアノ演奏に象徴される身体性、フィジカルである。理屈で音楽を再生しているのではなく、身体から音楽が噴出している感じがするのだ。「体幹の強い音楽」だと、いつも思う。これまた妙な言い方だが。

私が思い出したのは岡村靖幸だ。とくに90年前後、身体、本能、神経……圧倒的なフィジカルから、リズム、ハーモニー、メロディ、そしてダンスを噴出させていた姿。

ピアノに両手を叩き付ける藤井風の向こう側に、あの頃の岡村靖幸を、私は確かめた。そして、少しばかり様子がおかしいところもそっくり。

AIにとっての「最後の敵」

何かというとAIの話、取り立てて詳しくないくせに恐怖ばかり語るのは、年かさの悪い癖だと思いつつ。これからの音楽シーンのことを考えると、やはり「AI恐怖論」を持ち出さざるを得ない。

ただ詳しくないくせに、何となく確信できるのは、AIにとっての最後の敵、つまりボスキャラは人間のフィジカルだということ。

ということは、日本の音楽シーンにおいて、AIにとっての最後の敵は藤井風のライブということになる。

21年9月4日に開催された「Fujii Kaze "Free" Live 2021 at NISSAN stadium」。コロナ禍ということもあり、無観客のだだっ広い日産スタジアムから生配信されたライブ。

芝生の上にグランドピアノがぽつんと1つ。そして圧倒的なフィジカルを駆使して、何かが噴き出る、噴き上がるように弾くわ弾くわ、歌うわ歌うわ。

舞台が舞台だけに、サッカーでいえば日本代表になれるほどの身体能力。

そして、今となってはこう思う。あのライブは、未来永劫AIによって乗っ取られない最後の聖域、サンクチュアリだったのではないかと。

ピアノを弾くミュージシャン
写真=iStock.com/M-ART Production
※写真はイメージです