「外へ」の聖子と「内へ」の明菜
80年代の松田聖子と中森明菜の「ライバル関係」について語ることは、その共通点と相違点について語ることである。
共通点として、まずは抜群の歌唱力。「アイドル」の殻を破った音楽性。そして女性票も集めながら80年代という時代を背負い、「80年代の顔」として君臨したこと。
ただ「抜群の歌唱力」といっても、2人の声質や歌い方はまるで異なる。そのあたり、作編曲家・武部聡志は自著『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか』(集英社新書)でこう述べている。
ふたりはライバルのように捉えられ、よく比較されてきましたが、まったく異なるタイプのボーカリストです。聖子さんが“陽”だとすれば、明菜さんは“陰”でしょうか。聖子さんの声質には持って生まれた明るさがあります。あの明るさが彼女の歌の最大の持ち味です。しかもただ明るいだけでなく、ハスキーな質感もあって、ときおり憂いを感じさせる。日本人の多くが好きな声質かもしれません。一方で明菜さんの歌はどこか悲しげに聴こえます。それは彼女の声そのものに憂いや陰りがあるからでしょう。ビブラートの振れ幅が広い、ウェットな歌唱法も、そう感じさせる一因です。
歌唱力のありようだけでなく、活動の方向性も大きく異なる。「外へ外へ」という拡大志向を突き詰めた松田聖子と、「内へ内へ」という内省志向を突き詰めた中森明菜。方向性は明確に異なるものだった。
2人が日本の女性に与えた“大きな影響”
もちろん音楽以外にも目を向ければ、結婚・出産・離婚……などのライフイベントすべてを、自らのブランド価値に転換するさまを称賛したくなる松田聖子と、いくつかの「ライフトラブル」(詳細は書かない)を経て、グラグラと不安定に揺れ続けるさまを支えたくなる中森明菜という対比もあった。
という共通点と相違点の中で、松田聖子と中森明菜、この「ライバル関係」は、まだまだ旧態依然とした昭和社会の中で、女性の生き方の可能性を、音楽界全体に、音楽界から日本社会全体に広げたといえるだろう。
2人がいなければ、日本の女性は、今でももっと窮屈に生きていたのではないか。松田聖子と中森明菜、この「ライバル同士」が残したのは、つまりはそういうことである。
最後に、この80年代を駆け抜けた2人の「ライバル関係」に深みと奥行きを与えるのは、中森明菜が松田聖子のファンだということである。25年4月22日放送のTOKYO FM『THE TRAD』という番組に出演した明菜は、「発売日に(レコードを)いちばんに買いたくて、レコード屋が開く前から自転車で漕いで」と、デビュー前に聖子のデビュー曲『裸足の季節』を購入した際のエピソードを語ったという。いい話である。
そしてアルバム『ZEROalbum〜歌姫2』(02年)での『瑠璃色の地球』のカバーに続いて、2025年11月配信の松田聖子オフィシャル・トリビュートアルバム『永遠の青春、あなたがそこにいたから。』では『赤いスイートピー』(82年)を披露した。
松田聖子に対して中森明菜が抱いた憧れから始まった「ライバル関係」、その共通点と相違点が、80年代の女性の憧れを喚起していくという物語である。


