この言葉が鈴木氏を変えた。市場や顧客をまったく見ていなかったという事実に初めて真摯に向き合い、行動が変わり始めた。

独学でマーケティングの本を読み漁り、週末は伊勢神宮・内宮前の店舗に立って自らビールを販売した。現場で顧客の声に耳を傾け続けると、やがて見えてきたことがあった。伊勢を訪れる観光客が求めているのは「美味しいビール」ではなく「旅の記念になるお土産」だったのだ。

瓶だけだったが、持ち運びやすいアルミ缶に変更、伊勢をイメージできるデザイン、観光客向けとマニア向けの二本立て戦略――これらが見事に当たり、伊勢角屋麦酒は軌道に乗り始めた。

伊勢角屋麦酒 商品画像
画像提供=二軒茶屋餅角屋本店
伊勢角屋麦酒の商品画像
神都麥酒缶3本セット
画像提供=二軒茶屋餅角屋本店
神都麥酒缶3本セット

軌道に乗ってきた矢先に

コロナ前、伊勢角屋麦酒は前年比で125%の売り上げを達成するほど絶好調だった。ところがコロナ禍で一変する。売り上げの2本柱であったビアバー向けと伊勢の観光地向けの市場が完全にクローズし、営業赤字が2年続いた。

「2018年の8月に新工場が立ち上がってから、売り上げはずっと右肩上がりでした。ところが、新型コロナの影響でビールが全く売れなくなってしまったのです。まさに天国から地獄を味わいました」

外に出られなくなった鈴木氏は、自宅でひたすら感染症の歴史を調べた。スペイン風邪、コロナ、黒死病、そしてペスト。過去の歴史を紐解いた末に出した結論は「コロナも数年後には必ず収束する」だった。

そう決めた瞬間、発想が転換した。

「全てがロックアウトしている今の状況は、逆に最大の投資のチャンスではないかと思ったのです。なぜなら、工事も何も全部発注が止まっているから、今なら超安い。どこも設備投資をしてこないだろう」

2.5億の逆張り投資「下剋上を狙うには今しかない」

当時の鈴木氏は社員たちにこんな話をよくしていた。

「江戸時代になってからでは農民は天下を狙えない。戦国時代の乱世であれば、農民が武器を持って立ち上がり、一党を率いて、天下を狙うことができる。今のコロナ禍はまさに乱世の時代だ。うちみたいな小さな会社が、下剋上を狙えるタイミングは今しかない」

店舗 伊勢角屋麦酒内宮前店
写真提供=二軒茶屋餅角屋本店
伊勢角屋麦酒内宮前店

営業赤字が続く中、2億5000万円を投じて最新鋭のイタリア製・缶製造設備(缶フィラー)の導入を決断した。当時の伊勢角屋は大きな初期投資を必要としない瓶ビールの生産設備しか持っておらず、缶製品は他社からのOEMに依存し、生産量には限界があった。

この逆張りが結果を出した。現在の売り上げはコロナ前のほぼ倍増。缶製品が売り上げ全体の半分以上を占めるようになり、クラフトビールメーカーの出荷量ランキングでは2019年の4位から2025年には2位へと躍進した。(出典:東京商工リサーチ TSRデータインサイト)