葉山が俺を呼んでいる
家族のほかに、もうひとつ山口さんの力になってくれたものがある。葉山という土地との出会いだ。
バンド活動を無期限休止してから2カ月経ったころ、山口さんは、気晴らしに近場へひとりで旅行することに決めた。旅雑誌でたまたま見かけた葉山の宿をとり、夜に投宿した。朝ゆっくりと起き出して、何気なく部屋のカーテンを開けると、海越しの富士山の威容が目に飛び込んできた。絶景だった。
特に下調べもしていなかったので、葉山から富士山が見えるとは思ってもいなかった。山口さんは壮大な光景に一目惚れしてしまう。
晴れやかな気分のまま町へ降りてぶらぶらしていると、神社の駐車場でファーマーズマーケットが開かれていた。ベンチに腰掛け、屋台で買ったモツ煮を食べながら富士山を眺めていると、ここしばらく感じたことのない心地よさと開放感を味わうことができた。
山口さんは、その場で妻の冴希さんに電話をして、こう伝えた。
「葉山が俺を呼んでいるんだ」
阿吽の呼吸というべきか、返事はシンプルなものだった。
「うん、いいんじゃない?」
このやりとりだけで、東京から一家で移住することが決まった。
葉山という新天地で、山口さんは心身の回復と再起を目指すこととなる――。
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