突然、右足が動かなくなった

2014年、RADWIMPSは全国ツアーに出ていた。8月13日、シンガポールでの公演中のこと。演奏のさなか、山口さんがバスドラムを鳴らすために右足を動かそうとしたところ、いきなり足全体が石のように固まり、動かなくなってしまった。

「まずいっ……」と思ったが、とっさにリカバリーして、演奏自体は続けた。足のこわばりは一瞬のことであり、演奏を乱してしまった時間もほんのわずかだった。会場を埋め尽くすファンには、おそらく気づかれずに済んだはず。

しかし、ともに演奏しているバンドメンバーや、ステージ周りにいるスタッフは、異変にすぐ気づいた。ロックバンドの演奏においてドラムは要である。ボーカルもほかの楽器も、ドラムに合わせて音やタイミングをとっていく。そのドラム音が突如として一部欠けてしまったのだから、影響は大きい。

ステージは何とか滞りなく続き、いつも通りに幕を閉じることができたものの、山口さんがプロのミュージシャンとして大きいミスをおかしたという事実は残った。

違和感は、じつは2009年ごろからあった。右足がいきなり思うままに動かせなくなる症状は、不規則に出ていたのだ。そのつど何とかごまかしながら演奏を続けてきた。当人には不安ばかりが募っていった。

取材は葉山にある山口さんの経営する民泊で行われた。
撮影=高須力
現在、山口さんは葉山町内で民泊の開業を準備している。取材は、その民泊で行われた。

発症した6割が引退に追い込まれる“病”

症状が出ないよう演奏法を試行錯誤しても、大した効果は得られない。当時、噂程度に聞いていたミュージシャンズ・ジストニアという疾患ではないか。医療機関を訪れ、診断を受けたものの、症状を改善する方法は見つかっていないので、実際には手の打ちようもなかった。

数年間にわたって症状に悩み、もがき、治す方策を探し続けた末に、山口さんの心はついに折れてしまった。みずから申し出て、RADWIMPSとしての活動を無期限休養することとなった。

2015年9月23日、バンドの公式サイトに、お知らせが掲載された。

――ドラムの山口智史が、持病の悪化により活動を控え、休養に入ることになりました。自分の思うようにドラムを叩けなくなったことが原因です。――

当時の心境を山口さんが明かす。

「ジストニアによって思ったような音楽表現ができないことが本当に辛く、精神疾患も併発してしまい、まともに日常生活を送ることすら難しくなっていました。不本意ながら、人生を賭けてやってきたバンドを去るしかありませんでした」

ミュージシャンズ・ジストニアは、プロ音楽家の約1%が発症するものとされる。発症部位は楽器によって違っており、ピアニストは右手、管楽器だと唇が動かせなくなったりすることが多い。発症メカニズムはいまだ解明されておらず、治療法も確立していない。発症した音楽家の6割は、そのまま引退するとも言われている。