※本稿は、澤円『思考をアップデートする全技術 うまくいく人はなぜ、考え方を柔軟に変化させられるのか?』(アスコム)の一部を再編集したものです。
生産性が低いのは「決める会議」をできないから
近年よく目にするキーワードの1つに「働き方改革」があります。
ビジネスパーソンなら「日本人の働き方は非効率だ」というニュースやビジネス雑誌の記事を目にしたことがあると思います。世界的に見て、日本企業の生産性が低いことは紛れもない事実なので、改革が必要なのは確かかもしれません。
ある調査では、日本の就業者1人あたりの労働生産性は、G7のなかで何と20年以上連続で最下位。OECD加盟38カ国中でも、32位という結果でした(公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2024」調べ)。
おそらく公表されている数値だけで計算されているので、サービス残業なども含めれば実際はもっと悪い数値だということも十分に考えられます。いずれにせよ、不名誉な記録であることは否定できません。
なぜこんなことになるのか?
僕は「決める会議をできないことが原因の1つではないか」と感じています。というのも、かつてマイクロソフトにいたときに僕のチームに日本企業の人たちがビジネスインターンという形で常駐していたのですが、彼らの1人の言葉に衝撃を受けたことがあるからです。
「報告」「連絡」はチャットでいい
彼がある日、僕に対してこう言いました。
「会議で何かが決まるところを初めて見ました」
僕は会議で何も決めないなんて絶対にしないし、そもそも何も決まらない会議は招集自体をしません。だから、この言葉を聞いて心底驚いてしまったのです。
「日本企業にはムダな会議が多い」とは昔から言われていることですが、いつになっても改善されません。なぜか? それは「会議でしたほうがいいこと」を理解していないからだと僕は考えています。
たとえば、ビジネスパーソンにとって「報連相」はおなじみですね。この「報告」に使うレポートに膨大な作業が発生していたり、「連絡」を対面で行ったりすることで時間を浪費している傾向があるのです。
考えてみれば「報告」と「連絡」は過去から現在までのすでに起きたことについての話なので、本来はITツールを用いて自動化し効率化できるはず。
データは「見ればわかる」ものです。それをわざわざ時間を使って、人を集めて報告させることにまったく意味はありません。また、出席者は会議のために移動しなければなりません。コロナ禍以降、かなり考え方に変化は出ているようですが、ビジネスにおいて移動時間は何も生み出さないので、これもまたムダなものです。

