騎馬隊を大混乱させた?奇策

その奇策には、「牝馬ひんばの計」という名がつけられている。秀長が騎馬隊に対して、牝馬を放って混乱させたというのだ。

戦国時代、騎馬兵がまたがる軍馬は、基本的に勇猛果敢な牡馬(オス)ばかりだった。気性が荒く、体格も大きいためだ。戦中であれば、人間のみならず馬たちも、相当の興奮状態にあったことだろう。その群れの中に、牝馬(メス)が飛び込んできたらどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。

雄馬たちが争うように牝馬を追いかけ回し、敵兵など眼中になくなり、騎馬隊は大混乱に。そこに城兵たちが奇襲をかければ、あっという間に蹴散らされてしまったに違いない。

望洋とした城の地形をみていると、いかにもありそうな話だが、さすがにこれはマユツバだろう。ただし非常にドラマチックだし、秀長唯一の敗戦でもある。もし、淡河城の戦いが「豊臣兄弟!」に登場するなら、エピソードとして組み込まれてもおかしくない(原稿執筆時点では、三木合戦終結の回は未見)。

西麓から見た淡河城
撮影=今泉慎一(風来堂)
西麓から見た淡河城。傾斜はあるがかなり緩やかだ

秀長の大軍を破った本当の理由

「牝馬の計」が創作だとすると、秀長の敗戦の理由は何だろう。筆者がその答えとして挙げたいのが、淡河城(図表2①)から南に0.5kmほど南にある、淡河城西付城(図表2②兵庫県神戸市北区淡河町淡河267)の存在だ。名称は「西付城」だが、真南からやや西寄り、南南西にある。

【図表2】淡河城・淡河城西付城の位置

先ほど見た望洋とした南の農地の北が淡河城、南がこの城。つまり挟撃するにはぴったりの位置関係だ。一見、攻めやすそうな段丘上に敵を攻め込ませておいて、両側から一気に攻撃を仕掛ければ、牝馬を放たなくとも大混乱に陥れることはできるだろう。