イギリスが2026年完成を目指した高速鉄道「HS2」は、当初予算の3倍となる22兆円超に膨張し、開業も2040年代まで先送りされた。敷設距離は日本のリニアよりも短く、事業費は2.5倍超に達する。日本の新幹線を手本にしたはずのHS2が、世界最速にこだわった結末を、海外メディアが報じている。何が巨大計画を狂わせたのか――。
東北新幹線の那須塩原駅を通過する、E5系U2編成とE6系の併結運転による、東京行きの「はやぶさ・こまち」30号
東北新幹線の那須塩原駅を通過する、E5系U2編成とE6系の併結運転による、東京行きの「はやぶさ・こまち」30号(写真=MaedaAkihiko/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

怒りに震えた運輸大臣の告発

「もし私が怒っているように見えるとすれば、それは、実際のところ怒っているからだ」

2026年5月19日、イギリス議会下院に立った英運輸相のハイディ・アレクサンダー氏は、自国が15年以上推し進めてきた高速鉄道「HS2」計画を厳しい口調で断罪した。

この日発表されたHS2の最新の事業費の見通しは、英国政府公式サイトのGOV.UKが公開するデータによると、2025年価格ベースで877億〜1027億ポンド(約18兆8000億〜22兆1000億円、6月10日時点のレート1ポンド=214.73円で換算、以下同)。

インフレを差し引いた2019年ベースの価格に換算しても709億〜822億ポンド(約15兆2000億〜17兆6000億円)に相当する。予定されている路線網は当初計画から大幅に縮小したが、事業費は3倍に膨れ上がった。

アレクサンダー氏は、「途方もない誇大設計の愚行だ」と議会で指摘し、「世界中のどこよりも高速な列車」を掲げてきた計画を糾弾する。

英国高速鉄道の走行イメージ
画像=日立製作所
英国高速鉄道の走行イメージ

加えて、「乗客が望んでいるのは、予定通りに到着する信頼性、充実したサービス、十分な座席数、ただそれだけだ」と述べ、世界最速にこだわる姿勢が致命的な予算超過に直結したと暗に批判した。

さらに、納税者と、影響を受けた地域コミュニティを代弁し、歴代政権が繰り返した失敗に怒っている、とぶちまけた。一連の発言を、ロンドン経済紙のシティ・エー・エムが報じた。

世界最速も、路線の6割も諦めた

HS2は、首都ロンドンから北西に延びる路線だ。

高速鉄道の規格であり、日本でいうなら在来線に対する新幹線の感覚に近い。ただし、日本の新幹線とは異なり、欧州標準の制御方式を採用する。

英国議会下院図書館の情報によると現在、ロンドンと北西に位置する第2の都市バーミンガムとを結ぶ、総延長225キロ・全4駅を計画している。東京を出て富士山付近を通過し、浜松の手前に至るほどの距離感だ。

だが、予算の大幅な超過と技術的な課題を受け、営業上の最高時速は当初の360キロから320キロに引き下げられた。この速度ならまったく目新しさはなく、欧州各国の既存の高速鉄道と比較しても、後発ながらごくごく標準的な速度に収まる。日本でも東北新幹線が郊外区間において、営業運転上の最高速度として日々運用している。

当初はロンドンを起点に北上し、バーミンガムで「Y」の字に分岐して西はマンチェスター、東はリーズへ至る形を想定していたHS2。総延長は530キロを見込んでいた。

ところが、スナク前首相が2023年10月に北部区間の中止を発表。分岐前の前半部分に当たるロンドン―バーミンガム間の本線と、在来線と結ぶ支線のみが残った。これにより総延長は225キロまで縮小し、当初計画の約58%を諦めたことになる。

それでも、計画はイギリス国民の一大関心事であり続けた。プロジェクト公式サイトは、全線開業すればロンドン―バーミンガム間の移動時間が49分にまで短縮されると説明している。英ラジオ局LBCは現行の所要時間を1時間15分から1時間半としていることから、おおむね30分前後の短縮が見込まれる。

ところが、計画は年を追うごとに泥沼化しつつある。