「世界最速」が生む差はわずか3分

事業費が異常に膨らんでいくのと同時に、開業時期もじわじわと後ろへずれ込んできた。

GOV.UKの最新の試算によれば、最初の営業運転が始まるのは早くても今から10年後の2036年。全線が稼働する全面開業に至っては、2040〜2043年とされている。当初高らかに掲げた2026年開業の旗印を、イギリスはすでに十数年単位で先送りする事態となった。

加えて最高速度の目標も引き下げられ、イギリス版新幹線は、世界最速の夢をついに諦めた格好となった。

シティ・エー・エムによると、下院での質疑でアレクサンダー氏は、「世界最速の列車という見込みに、保守党の閣僚たちが心をくすぐられた、過剰仕様の愚行だった」と当時の計画を厳しく批判した。

最高速度を当初計画の360キロから欧州水準の320キロに引き下げた場合、ロンドン―バーミンガム間の所要時間は、42分から45分へと3分延びる。ロンドン側の出発駅として、部分開業時の終端となるロンドン市内オールド・オーク・コモン駅を想定した数字だ。45分に延びるものの、現行の在来線サービス(約80分)より30分以上速い水準は維持できる、と当局は説明している。

世界最速の看板は諦めたが、利用者の利便性に直接響くわけではない、というのが言い分だ。裏を返せば、世界最速へのこだわりは、乗車時間にして3分の違いしか生まなかったということにもなる。

ロンドン―バーミンガム間は225キロに過ぎず、東海道新幹線の東京―新大阪間約553キロと比較しても、半分に満たない。その距離で世界最高速度を追求すること自体が、ナンセンスであった。

【図表】HS2路線図
© High Speed Two (HS2)
出典=Route map - HS2

速度の引き下げは、結果として恩恵をもたらすことになりそうだ。最大25億ポンド(約5370億円)の費用削減と、少なくとも1年の工期短縮が見込まれる。沿線地域がようやく高速鉄道の恩恵にあずかれる時期も、その分だけ早まる計算だ。

コウモリ保護に215億円の小屋

HS2プロジェクトが過剰品質に走りやすい傾向は、速度以外にも広く見られる。

ロンドン北西部、バッキンガムシャー州のシープハウス・ウッド沿い。約1キロにわたって緩やかな曲線を描く奇妙な構造物の建設が、いままさに進んでいる。

森を抜ける高速列車の上を、コウモリが列車に接触することなく安全に横切れるようにするため、線路をトンネル状に覆う構造物だ。インディペンデント紙によれば、事業主体であり英政府が所有する有限会社のHS2リミテッドは、この「小屋」1棟に1億ポンド(約215億円)超を投じている。

HS2リミテッドのジョン・トンプソン会長は、鉄道業界のカンファレンスで自ら率直に明かした。「我々はそれを小屋と呼んでいる。この小屋、信じてもらえないと思うが、この森のコウモリを守るのに1億ポンド以上かかった」

会場の苦笑が目に浮かぶような告白である。イギリスではあらゆるコウモリの種が法的保護の対象となっている。HS2の敷設による生態への影響を最小限に留めるべく、政府の助言機関ナチュラル・イングランドの意向を踏まえて建設が進められているという。