一言挨拶しただけで向上する「感情」
学校教育でも、部活動でも、社会人になっても、「挨拶は重要だ」とよく言われますが、それは相手のポジティブ・フェイスを満たすことで相手に近づき、人間関係をより円滑にしようという思惑があるからなのです。芸能人などが、撮影前にお互いの楽屋へ出向いて挨拶するのも、そのためです。
挨拶の効果は、心理学的にも多方面から研究されています。最近の研究でも、それほど親しくない人、もしくは知らない人と「挨拶をする」「感謝を述べる」「短い会話をする」といった最小限の社会的相互行為(minimal social interactions)を行う効果について大規模データに基づいた調査を行ったところ、「挨拶」や「感謝」といったほんの一言の発話であっても、会話ほど負担が大きくないにもかかわらず、主観的幸福感の向上に寄与することが示されています(Ascigil, Günaydin, Selcuk, Sandstrom & Aydin 2023)。
さて、話を戻しましょう。ここでAさんが「田中さん」と名前で呼んでいるのもPPS-1になります。「あなたが田中という名の人物であることを知っている(気づいている)」ということをただ言語化しているわけですが、名前を呼ぶという言語行動は、それ以外にも大切な思惑を伝えます。
名前を呼ぶ行為に秘められた思惑
例えば、次のa~eのような挨拶をされた場合、あなたはどのくらい相手との距離を感じるでしょうか。言い換えるならば、「相手に近づきたい」というポジティブ・フェイスをどれだけ実現できているでしょうか。
b.部長、おはようございます。
c.田中さん、おはようございます。
d.賢治さん、おはよう。
e.ケンちゃん、おはよう。
名前を呼ばずにただ挨拶だけをしているaは、この中では最も距離を感じさせます。一方、役職名ではありますが、「部長」を呼称に用いているbは、やや距離感が縮まったと感じるでしょう。役職名を言語化することで、2人をつなぐ関係性をアピールしているからです。
その関係性を名字で言語化したcはもっと距離感が縮まりますし、ファーストネームで呼んでいるdはさらにグッと距離感が縮まります。
そしてニックネーム呼びになったeは、この中では最も近しい距離感だといえるでしょう。ポライトネス理論で提唱されているストラテジーの1つにPPS-4「内輪である標しを用いる」というものがあり、特定の近しい人しか使用が許されないニックネームは、まさにその典型です。
このように、呼び方1つでも、「あなたをどこまで認めているか」「あなたをどれだけ(私に)近づけているか」ということが表せるのです。

