※本稿は、尾谷昌則『その言葉の本当の思惑を見抜く 言語学』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
会話をうまく進めるための原理原則
言語学者のポール・グライスは、「人間の会話がうまく成立するとき、そこには1つの大前提がある」と考えました。それは、会話に参加する人同士が話の目的や方向性をある程度共有し、「お互いに協力して会話を進めよう」という協調的な姿勢をとることが期待されている、ということです。
グライスはこれを「協調の原理」(Cooperative Principle)と名づけました。この原理は、具体的には以下の4つの原則に細分化されており、円滑な会話というものはこの4つの原則を守っているものであるとグライスが説明したため、日本語ではちょっと意訳して「会話の原則」と呼んだりもします。
・必要な量の情報を発話に盛り込め
・必要以上の情報を発話に盛り込むな
② 質の原則(Maxim of Quality)
・間違っていると思うことを言うな
・十分な証拠のないことを言うな
③ 関連性の原則(Maxim of Relation)
・関連のあることを話せ
④ 方法の原則(Maxim of Manner)
・ハッキリしない表現は避けよ
・解釈が分かれるような言い方をするな
・簡潔に話せ
・順序よく話せ
しかし、会話をスムーズに成立させるための原理・原則を守るだけでは、人間関係までうまくいくとは限りません。ここで鍵になるのが、ポライトネス(丁寧さ)です。
「どうしても引っかかる」部下の答え方
例えば、次の会話例で考えてみてください。
部下B:イヤです。私、残業したくないんで。
残業を依頼する上司Aの発話を、上記の「協調の原理」に当てはめると次のようになります。
①量の原則(必要な量の情報を発話に盛り込め)
→過不足のない情報量を盛り込んでいる
②質の原則(間違っていると思うことを言うな)
→真実を述べていて、情報の信憑性に問題はない
③関連性の原則(関連のあることを話せ)
→職場で仕事(残業)の話をしている
④方法の原則(解釈が分かれるような言い方をするな)
→誤解を生まない明瞭な述べ方をしている
つまり、4つの原則をすべて綺麗に守った模範的な言い方であり、いかにも職場で耳にしそうな発話です。
一方で、部下Bはどうでしょうか。この発話は、必要最低限の情報量を盛り込んでいますし(量の原則)、述べている内容も真実だと信じられるものです(質の原則)。上司Aの発話とも関連性がありますし(関連性の原則)、誤解を生まない明瞭な言い方もしています(方法の原則)。
つまり、4つの原則を綺麗に守ってはいるのですが……実際の会話において、こんな発話をする部下はいないでしょう(最近のZ世代にはいると聞いたことがありますが……)。

