誰にでも親と別れる時が来る。悔いのないお別れのためにやるべきことは何か。訪問診療・緩和ケアを専門とする医師の岡山容子さんは「人生の最期をどう過ごしたいか、親と人生会議をしておくことをすすめる。ただ、そこで決めたことを絶対にする必要はない」という。ライターの市岡ひかりさんが、自身の体験を踏まえて、岡山先生に聞いた――。(第1回/全2回)

「親の最期」を決めるのは私でいいのか

どんな親でも、必ず弱る。そして、時に子どもは、その最期を決める責任を負わされる。

「当院では、原則として心肺停止した場合の心肺蘇生は行わず、お看取りとなります」。

先月、母の認知症が悪化し、入院することになった精神科の病院で、担当医は淡々とそう告げた。その後も立て続けに、延命治療や、身体拘束のリスクと必要性についての説明が続く。本当にこの病院に入院させてよかったのだろうか。同意書にサインする手に力が入らなかった。母の小さくなりつつある命は、今、私の手の中にある。もし選択を間違えれば、握りつぶしてしまうかもしれない。

筆者が実際に渡された「心肺蘇生を差し控える同意書」。
撮影=プレジデントオンライン編集部
筆者が実際に渡された「心肺蘇生を差し控える同意書」。

親の最期を見守る上で、子どもは時に様々な判断を迫られる。治療方針をどうするか、施設に入れるか、在宅で介護すべきか。施設や病院の選択肢も無数にある。もし、入れた施設で一気に認知症が加速したら。病院の治療方針が合わなかったら。自分の選択のせいで、親の病状が悪くなってしまったら……とプレッシャーを感じた経験があるのは、私だけではないだろう。

「そんなもん、誰のせいでもないですよ」

私の取材そっちのけの悩み相談に、穏やかな関西弁できっぱりと答えてくれたのは、京都府で訪問診療・緩和ケア医として終末期医療にかかわる、岡山容子先生だ。

在宅クリニック院長で僧侶の岡山容子さん。
撮影=プレジデントオンライン編集部
在宅クリニック院長で僧侶の岡山容子さん。

施設や病院選びに対するシンプルな答え

「私たち医者も一生懸命治療しますが、結果が芳しくないこともある。でも、それに対して、『自分のせいだ』と悩んだりはしないんです。ガイドラインに従ってベストと思われる治療をしたら、うまくいくかどうかは本人の生命力次第。あとは他人ではどうしようもないところに委ねられているんです。プロがそうなのだから、医学的知識のない素人がベストを模索しようとしても難しいのは当然です」(岡山先生、以下すべて同)

先生は「もし、どうしても施設や病院選びに迷うんなら……」と、こう続けた。

「最後はお値段で決めたら? 価格差を決める要素は『立地条件』『地価』『人件費』の3つだけ。都心は高くて田舎は安い。行われている医療の質は、どこもそんなに変わりません」。

自宅で最期を迎える多くの患者やその家族と向き合ってきた知見をつづった『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓した岡山先生。

同書には、先生自身が40代のころ、長年関係の悪かった“毒母”の最期を看取った経験談もつづられている。本の帯には「黒い気持ちで見送ってもいい、親を捨ててもいい」とある。ドキッとすると同時に、胸がすくような思いがした。