とにかく人生会議をしておくことが大事
一秒でも長生きしたいという人もいるだろうし「苦しくない、痛くない最期を迎えたい」という人もいるだろう。本人らしい最期を迎えるため、岡山先生はできれば親と人生会議(ACP=アドバンス・ケア・プランニング)をしておいた方がいいと勧める。
人生の最期をどう過ごしたいか、延命治療はどこまでしたいか、事前に話し合って決めておく。関係が良くない親子の場合、話し合い自体難しい場合も多いだろう。かつ、一度決めても、直前で本人がひっくり返すケースもあるという。それでも決めておいた方がいい、と岡山先生は断言する。
「決めてあったから、後で変えられるんです。『家に帰りたい』が絶対なのか『身体がしんどくない』のが絶対なのか。譲れない線で調整するのが大切です」
家族や患者本人も、どうしたいか常に考えが揺れ動く。むしろ揺れているぐらいの方が、張りつめた状態よりも柔軟性があっていいそうだ。
「患者さんやご家族の解決しない悩みに向き合い、一緒に揺れ続けることが私の仕事なんです」
「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」
しかし、親との別れは、必ずしも「死」の瞬間に始まるわけではない。特に認知症の場合、家族はもっと手前から、少しずつ喪失を経験していく。
昨日まで通じていた会話が噛み合わなくなる。自分のことを忘れられる。怒鳴られる。私自身も、徐々に独り言が増えたり、急に叫んだりするようになって「母が壊れてしまった」と、胸がつぶれるような思いを抱えるようになった。
岡山先生によると、心理学的には、こうしたモヤモヤとした喪失感を「あいまいな喪失」と呼ぶのだそうだ。この感情には二つのタイプがあり、一つは「さよならのない別れ」。震災などで行方不明となったまま死を認定せざるを得ない状態をいう。
もう一つが「別れのないさよなら」。認知症など、姿は変わらないのに中身はそれまでのその人ではなくなってしまう状態だ。自分の感情に名前を付けて整理することは、自分を癒すための手段として有効だという。
岡山先生には、忘れられない母娘がいる。病院に入院中だったある女性の認知機能が低下し、病室の下の階にも聞こえるほど大声で叫ぶようになった。入院の継続が困難となり、やむなく自宅に帰ることに。「私が母をきちんと見てあげさえすれば、きっともとに戻る」。そう考えた娘は懸命に介護をしたが、残念ながら症状は変わることがなかった。介護も限界を迎え、岡山先生のすすめで精神科に入院させることに。画像診断の末、「認知症であり改善の見込みがない」と診断を受けたという。

