親を捨てたいけど捨てられない
実は私も長年、母が苦手だった。過干渉で子どもを支配しようとする一方、子どもの気持ちには無関心。いつも母の顔色を伺って過ごしていた。実家を出てからは必要以上に関わらないようにしてきたが、5年前、母は65歳でくも膜下出血を発症。認知機能が低下し始めてからは、そうも言っていられなくなった。
2人のきょうだいは、長らく実家と疎遠になっている。母のために動けるのは私しかいない。日々の生活介助をヘルパーさんにお願いしながら、仕事を休み、子どもを預け、片道1時間かけて度々通院の介助や見守りに通った。
母は苦手だが、憎いわけではない。感謝の気持ちもある。直接親を毎日介護する人に比べ、責任を果たしていないんじゃないかという罪悪感もあった。でも――。関わりたくない、もう傷つきたくないという思いと、弱っていく母を見捨てられないという思いが交錯した。
岡山先生の元にも、患者の家族から「親を捨てたいけど捨てられない。どうしたらいいんでしょうか」といった切実な相談が日々寄せられている。
「ご家庭によりますが、100%すべてが嫌な親も、100%大好きな親もあまりいないですよね。ちょっと嫌いで、ちょっと好き、という方が多いと思います。その『ちょっと好き』の中に罪悪感を残さないために、患者さんのご家族には『無理をせず、いつも通り接して』と伝えています」
どのカードを引いても“後悔”のカード
全身の状態が悪くなっても、親の方は案外「ちょっと調子が悪いだけなのに大げさな」と平常心なことが多い。一方の家族は、介護や看病が長引き、心理的に追い詰められると「早くこの時が終わってほしい」と、“その時”を待ってしまうことがあるのだという。
親が嫌いなら、嫌いのままでいい。「最後に親の死を願ってしまった」と罪悪感を抱かないためにも「家族なら当然こうすべき」という社会通念上の“正解”に捉われなくていい、とアドバイスする。
「看取りに必要なのは覚悟ではなく知識。関係の悪い親でも、無理せず、自分が納得のいく別れをするために、知っていてほしい知識があります」
特に看取りの場面で子どもが思い悩みがちなのが、治療方針の選択だ。私自身も、母を精神科に入れるべきか、なんとか施設介護を模索すべきか散々思い悩んだ。
岡山先生は、特に終末期における様々な選択において「後悔のない選択肢はない」と言う。例えば、延命治療のため胃ろうを付けると選択すれば、家族は「自分のエゴで長生きさせてしまったんじゃないか」と悩み、つけないと選択すれば「自分が親の寿命を縮めたんじゃないか」と悩んでしまう。
「『そうか、どのカードを引いても“後悔”のカードか』と知っておくだけで気持ちがラクになるんじゃないか、と思います。自分のキャラ的に、一番後悔しそうな選択肢は避けよう、くらいでいい。ベストより、セカンドベストを模索するぐらいの気持ちでいいと思います」


