肋骨がバキバキ折れる心肺蘇生

何を選んでも、どうせ後悔したのだ。あとは母ではなく、自分が納得できるかという基準で選べばいい。そう思うと、すでに後悔と罪悪感まみれだった気持ちが緩むのを感じた。

心停止時は基本的に心肺蘇生を行いません――。母の入院した精神科のように高齢者の終末期に関わる医療機関では、しばしばこうしたDNARと呼ばれる方針が取られることがある。ただ、医師からこのような説明を聞くと「姥捨て山に親を捨てるようなものではないか」と動揺してしまう家族も少なくない。しかし「そうではないんです」と岡山先生は言う。

心肺蘇生と聞くと、多くの人は「命を救うために当然行うべき処置」というイメージを持つだろう。しかし、終末期医療の現場では、必ずしもそう単純ではない。

「人としての当たり前に来る時を静かに受け入れ、その旅立ちを邪魔しない、ということなんです。認知機能の低下した方を受け入れる病院で、身体や頭が役割を終え、自然な形で終わりの日を迎えた時に、それでもなお暴力的に呼び戻そうとすることがいかに非人間的か。医療の反省からできたシステムなのです」

心臓マッサージは、肋骨のたわみを使って血液を押し出す。肋骨が折れてしまえば大きな効果は得られないが、高齢者の骨は固く、折れやすい。

心臓マッサージで高齢者の骨が折れるのはよくあることという。
撮影=プレジデントオンライン編集部
「心臓マッサージ」はあくまで選択肢のひとつと岡山先生は話す。

「あのまま心臓が止まっていればよかったのにね」

「肋骨を折ったことのない救急医はいません。最後を骨が折れる音とその痛みで見送りたくない。でも『最後までベストを尽くした』というポーズをしなければ、家族が納得しないという社会的な要求から心臓マッサージを行ってきました。でも、もうやめよう、と。静かに旅立ちを見守ってあげたいという思いからなのです」

「静かな旅立ちを見守る」という意味で、岡山先生には苦い思い出がある。重度の糖尿病で透析患者である先生の父のことだ。

高齢者施設に入居中、父は毎日4個ずつグレープフルーツを食べ続けたことがあったという。カリウムを制限しなくてはならない透析患者にとって、果物は最も注意しなくてはならない食べ物のひとつだ。

ある時、父の施設から慌てて「心拍数が20まで落ちています。救急車を呼びます!」と連絡があった。先生は「呼ばなくていい」と止めたが、そのまま搬送され一命をとりとめたという。

後に「お父さん、心拍数が落ちて苦しかった?」と聞くと、当の本人は「なーんも苦しくない。救急車で運ばれて大げさやなと思った」とのこと。「ほんなら、あのまま心臓が止まっていればよかったのにね」と親子で笑いあったという。

「これは冗談でも何でもなく、この1年後、父は糖尿病で片足を失い、そして今、もう片方の足も失いつつあるんです。生き延びたらこうなるのはわかっていたんです」