「最期は美談でなくていい」
気落ちする娘に先生は「それはあいまいな喪失ですね」と先の話をしたそうだ。すると娘は「私は“別れのないさよなら”を経験している。悲しんでいいんですね」と納得したという。
1年後、先生が彼女に電話したところ、こう告げられた。「母は会いに行ってももう私のことが分からないんです。ただ、母と”別れのないさよなら”ができたことで、別れの予行演習ができた。きっと私は本当の別れですごく悲しんでしまうから、母がプレゼントしてくれた時間なんだと思います」。
「悲しみがもたらすものは、悪いものだけではない」。そう岡山先生は感じたという。
最後に、目下「別れのないさよなら」の途中にいる、私と母の話をしたい。
母を入院先の精神科まで車で送っていった時だ。後部座席に座った母は、私のことが分からず、目も合わず、終始不安げだった。ただ、しばらく話しかけていると、急に表情が和らいだ。バックミラー越しに目が合うと、母は突然「今日、仕事は大丈夫なの?」と話しかけてきたのだ。過干渉だったが、私の仕事のことを家族の誰より気にしてくれていた母が、ちゃんとそこにいた。忘れていた、母の好きだった部分を思い出すことができた。
と、ここで終わればいい話。2週間後に面会に行くと、私にはほぼ関心を示さない一方、いまだ連絡すらしてこない他のきょうだいに「会いたい」と言い出した。「そうだ、母はこんな人だった」と思わずイラっとしてしまった。が、きっとそういうものだろう。
「最期は美談でなくていい」という岡山先生の言葉を思い出した。揺れたり、迷ったり、時に腹を立てながら。「正しい娘」ではない、いつも通りの私で、母の最期を見守りたい。


