教皇が世界に届けたAI「武装解除論」とは

人工知能(AI)はいろいろな便宜を提供してくれる。2階で寝ている私は、起きたとき、コーヒーを入れるために階段を下りていかねばならなかった。ところが近年は「アレクサ、コーヒー」と命令すれば、ちゃんとコーヒーができあがる。天気予報はもとより、株式市場はどんな具合かといったことも、AIが進んで教えてくれる。感情はないはずだが、こちらが「ありがとう」と言うと、嬉しそうな返事まで戻ってくる。

クラシック音楽ファンの私は、昔はベートーヴェンの交響曲の何番を聴きたいと思うと、そのCDを買ってこなければならなかった。しかし今ではユーチューブなどを利用すれば、曲名だけでなく、交響楽団、指揮者、時には演奏された時期まで指定して、お茶の間のパソコンで聴ける。

以前は昔のことを覚えているだけで人の役に立ったので、現在のような記憶を尊重する教育が生まれた。今はスマホがただちに百科事典の代わりをしてくれる。アメリカでも「ジェパディ!」や「スペリング・ビー」といった記憶力を争うゲームが人気だが、記憶力の持つ社会的価値は大幅に減退している。ともかくAIの威力は目覚ましい。

AIにはありがたいことも多いが、少し考えると、その進歩には恐ろしいことも多い。AIでコーヒー器具を遠隔操作できるのは便利だが、ドローンにプログラムを教え込んで敵国に打ち上げ、そこで破裂させることもできるのである。現にロシアとウクライナの戦闘にはドローンが介在している。アメリカのイラン爆撃が小学生を死傷させてしまったが、こうした戦闘の人道的な誤りにもAIが関与していると言えるだろう。

ローマ教皇レオ14世も、世界中の司教に送る公的書簡において、AIが社会に及ぼす影響が非人間的になることを恐れている。かつて産業革命は、機械によって人の働く場が奪われるという懸念から、機械打ちこわしのラダイト運動を生んだことがある。現在のAIは社会への貢献が大きいので、ただ文明反対を説いても説得力がない。教皇はその点をうまく言い表している。彼は「AIの人間社会に対する貢献は尊重するが、AIのもたらす人間性破壊の能力は『武装解除』すべきだ」と説くのである。うまい言葉の使い方だと思う。

重要文書「回勅」を公表するローマ教皇レオ14世。
重要文書「回勅」を公表するローマ教皇レオ14世。

現在の世界経済に対しても、AIは株式市場を通じて大きな影響力を持っている。今、世界経済にはさまざまなマイナスの撹乱要因が降りかかっている。アメリカの対イラン戦争、イスラエルの対パレスチナ戦争、ロシアの対ウクライナ戦争――いずれも地球上の有用な財や資源を破壊し、摩滅させる性質のものである。貿易の流れを人為的に差し止める関税戦争も、財や資源の利用を妨げ、人類を貧しくする政策である。

それなのに、連日のようにニューヨークでも東京でも株価は史上最高値を更新している。その原因としてAIの発展のすさまじさが、いつも挙げられる。

経済学で認められている株式市場の理論には、株価は完全に市場の情報を反映しているという学説がある。もし市場に隠れた情報が存在すれば、それを利用して儲けられる人が株式を売り買いするので、その情報も株価に反映されるはずだというのである。したがって、株価はいつの時点でも上方にも下方にも揺れる、数学でいうランダム・ウォークの状態にあるというわけだ。このように株式市場が情報をつねに反映しているのだとすると、AIの将来性も情報に織り込まれているのだから、心配はないということになる。

しかし、株価が割高か割安かを測る物差しに、株価収益率(PER)がある。株価が1株あたり純利益の何倍まで買われているかを示す数字で、企業の収益に比べて株価が高すぎれば、この値はふくらむ。つまり株価が史上最高値を更新していても、肝心の企業収益がそれに見合って伸びていなければ、PERだけが高く張り出していることになる。今がまさにそうではないかという懸念が生じている。

イランとアメリカの交渉が思ったように進まないことになると、今まで信じられていた情報自体が変わってくる。過去に株価暴落が起きたときも、市場関係者の持つ情報は現在と異なっていた。今のように、株式の大半が下落気味で8分の1にも満たないAI関連株の急騰が株価を支えている状態は、長続きしないのではないか。そう思うのは私だけではないだろう。

(文=浜田宏一 写真=時事通信フォト)

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