開業直前に完成せず…妻「何やってんだよ!」

開業前の最大の修羅場は、オープン直前に訪れた。

当初、田中さんは醤油ラーメンで勝負するつもりだった。しかし、その内容は奈実さんにも秘密。「当日のサプライズだから」と言い続け、どんなラーメンを出すのか最後まで明かさなかった。

ところが、オープン前日だったか、あるいは2日前だったか――。取材当日も夫婦で「いつだったっけ?」と笑い合うほど記憶が曖昧になるくらい、当時は極限状態だった。

完成したという一杯を食べた奈実さんは絶句した。

「これ、本当に出すの?」

正直、おいしくなかった。オレンジ色の特注どんぶりまで完成している。店のオープン日も告知済み。それなのに、肝心のラーメンが仕上がっていない。奈実さんは焦った。

「大丈夫なの? 貼り紙変えるよ? まだ延期できるよ?」

それでも田中さんの返事は一貫していた。

「俺はできる」

その言葉を聞きながら、奈実さんは心の中で「いや、何やってんだよ!」と何度もツッコミを入れていたという。

夜通し試作、完成したのはオープン当日朝

店内の空気は笑い話では済まないほど険悪だった。オープン準備に追われる中で夫婦は大喧嘩。雰囲気は最悪。まさに修羅場だった。

しかも、サプライズで手伝いに来てくれた「カッパ64」の仲間たちに囲まれ、奈実さんは居場所をなくして帰宅してしまう。

「一緒に店をやるって言ったのに、何なんだろうって」

家で子供たちに愚痴をこぼした。

それでも田中さんは諦めなかった。深夜まで試作を繰り返し、たどり着いたのが現在の看板メニュー「タナニボ」だった。「カッパ64」時代に作った限定麺を思い出し、グレーがかった煮干しスープを、オレンジ色のどんぶりに注ぐ。

「……あ、これいける」

「タナニボ」をカウンターに出す宏樹さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「特製タナニボ」をカウンターに出す宏樹さん

オープン当日の朝、ようやく完成した一杯を食べた奈実さんは「おいしい!」と声を上げたという。

夫婦最大の危機は、こうしてギリギリのところで乗り越えられた。ギリギリだった。本当に、ギリギリだった。