やりたいことだらけで学会にも参加

松上の入職2年後の2006年、とりだい病院にMEセンターが設立されている。MEとは、Medical Engineeringの略だ。CEを含めた医学工学全般を指す。

「MEセンターの一丁目一番地は、各診療科の医療機器の点検。機器の教科書のようなものはあるんですが、あくまでも最大公約数。メーカーが使っている点検表を取り寄せて、分からないときは担当者に来ていただくこともありました」

そんな松上の力となったのは、病院長だった石部裕一の存在だった。石部はMEセンター長でもあった。

「若気の至りであったんですが、“先生、先生、こういったことがやりたいです”“点検するためにこれがいりますから、買ってください”、みたいな感じで話しかけていました。本当は上司や先輩から話をしてもらうべきだったのかもしれません。もうやりたいことだらけで、一人でタッタカ、タッタカ、動いていました」

とりだい病院の医師たちはそんな松上に協力的だった。

「身体一つしかないのに、あっちゃこっちゃやってみようと。今のようにインターネット上に情報がなかったので、先生たちに教わりながら、本を読み、仕事に関係しそうな学会に行って勉強していました」

当時は学会に行くCEは稀だった。医師でもないのになぜ行くのかと冷ややかな人間もいた。松上は全く気にならなかった。「このままではやばい」という危機感があったからだ。

やがて松上の頭の中に、もっと上を目指したいという思いが芽生えてきた。大学院の学位を取得すれば、医師やメーカーの開発者ともっと深い議論ができるのではないかと考えたのだ。

ロボットアームについて話すエンジニア
写真=iStock.com/gorodenkoff
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背中を押したのはやはり石部だった。

「大学院に行きたいという話をすると、まずは大学だろと言われました。それで(通信制の)放送大学に編入したんです」

業務の傍ら、放送大学教養学部を卒業、2010年4月に鳥取大学大学院医学系研究科に入学する。

全国的にも異例の29歳の技士長に

2011年2月、とりだい病院に、診療科の垣根を越えてロボット支援手術を行う「低侵襲外科センター」が設立された。ロボット手術において機器が適正に動くことは絶対だ。

有能なCEは不可欠である。松上は低侵襲外科センターの立ち上げから関わることになった。そしてこの年の4月にCEを束ねる「技士長」に昇進した。29歳の技士長は全国的にも異例だ。

「えっ、なるんだって思いました。ぼく、まだ若造ですよって」

まだ医師になりたいという気持ちは心の奥底で燻っていた。それが完全に消えたのはこのときだった。

「まず思ったのは後輩たちをどうしようかということ。まだ20代でしたし、自分の未熟さも分かっていました。まだまだ経験を積みたかった。でも、そんなこと言っていられない。みんなの人生に責任持つには、もう腹くくるしかない。みんなを育てることが患者さんのためになる」

患者のためにという思いは松上には強い。その一つの表れが、「人工呼吸器回路カバーFIT」の開発だった。

人工呼吸器は自分で呼吸ができない患者の補助を行う装置である。機器と患者をつなぐ回路は外気との気温差によって結露しやすい。回路内に水が溜まると誤作動を起こしやすくなるため、約2時間おきに水を抜かねばならない。

在宅療養の場合、家族への負担は大きい。そこで松上たちは、地元メーカーと試行錯誤しながら、回路を覆う布製のカバーを製作した。