「私たちの選択は正しかったんでしょうか」

救急病院に搬送された患者の命を救うのは、医師として当たり前のことだ。だが、それが娘の生活を一変させてしまった。当時の水野さんは、医療の正義が結果的に誰かを苦しめる結果になるとは、想像もしていなかったという。

もし今、同じような患者が運ばれてきたらどうしますか、と問いかけてみた。

「救急病院やったらやっぱり救うと思う。でももし、今の水野クリニックのように、普段から本人や家族とやりとりがあって、その人が生きてきた環境を知っていたら、違う対応をするかもしれない」

同じ頃、80代の男性が救急外来に運ばれてきた。もともと日常生活もやっとの状態で、肺炎から慢性心不全が進み、救命できない恐れが高かった。

娘夫婦を呼んで病状を説明すると、元気だったときから本人が延命治療を希望していなかったことが分かり、心肺蘇生は行わず、人工呼吸器も使用しないことを確認した。水野さんはカルテにもその旨を記入して当直医に引き継ぎ、その日は帰宅。ところが翌朝出勤すると、その患者に人工呼吸器がつけられていた。

どうやら、当直医に「お父さんを見殺しにするのか」と何度も問いただされた娘夫婦が、結果的に人工呼吸器を希望したようだ。娘夫婦は泣きながら「私たちは正しかったんでしょうか」と水野さんに訴えた。

本人が事前に「延命治療は望まない」と明確に意思表示をしていたにもかかわらず、「見殺しにする」という言葉で医師が同意を誘導するのは、やりすぎではないか……。

往診先で。女性の穏やかな表情が印象的だった
筆者撮影
往診先で。女性の穏やかな表情が印象的だった

水野さんは相変わらず相手の気持ちを理解することが苦手だったが、相手を理解するために対話をする努力は惜しまなかった。複雑な思いを抱えたまま、患者が若かった時の思い出や妻との馴れ初め、好きな食べ物など、ひたすら娘夫婦から話を聞いた。

人工呼吸器を装着して2日後に患者が亡くなったあと、娘夫婦はもう一度水野さんに尋ねた。

「本当に私たちの選択は正しかったのでしょうか」
「分かりません。でも、娘さんに見守られて逝けたのなら、よかったのではないでしょうか」

そう答えるのがやっとだった。

正確な血圧より求められた「大先生」の存在

患者の命を救うのが医療の正義だと信じてきた。その正義のために、他人の気持ちがわからない自分でも、少しでも理解できるように努力を惜しまなかった。だが、それだけでは救われない人がいる。

では、医者がやるべきことは一体なんなのだろう――。

2015年に診療所を営む父が癌で倒れたとき、初めて父の診察代行を担当した。このとき、何年も父と一緒に働いてきた看護師が診察前に教えてくれた患者の情報が、想像以上に細かくて驚いたという。

「この患者さんは息子の嫁とうまくいっていないので家族の話はNGです」
「旦那さんが今心筋梗塞で入院中で、このあとお見舞いに行くそうなので診察は短めに」

といった具合だ。父は人間関係から悩みごとまで、あらゆることを把握して診察に活かしていた。