「死んでも行く場所はここじゃない」
「一日も欠かさず抗生剤を入れて、痛みを抑える麻薬も使って、輸血もして。普通なら即入院になるような状態で新幹線に乗せるのは、ちょっとありえないと思ったかな。本人は『死んでもええから行く』って言ってたけど、実際に現場で緊急搬送みたいなことになったら、球場という楽しい場所が周りの人にとっても別のものに変わってしまうわけやろ。死んでも行く場所はここじゃないんじゃないかって思ったんです」
本人や家族の希望は確かに重要だ。だが、トラブルが発生したときの懸念は大きい。
ただ水野さんには、患者に近い看護師の言葉に耳を傾けなかったことで命を救うことができなかった、かつての後悔があった。
何度も話し合いを重ねた末に、結局、「何かあったらすぐに引き返す」という条件付きで、看護師が同行して点滴をしながら向かうことになる。
2024年、その様子がテレビ大阪のYouTubeで公開されると、560万回再生を記録し、感動を呼んだ。しかし、賞賛の声が多く寄せられた一方で「そんなに医療費を使って遠くまで野球を見に行く必要があるのか」というコメントもついた。水野さんはそれに対し、「それは俺もそう思う」と正直に打ち明ける。
動画は、無事に自宅に戻って看取ることができたからこそ感動物語として拡散されたが、水野さんは今でも、状態が悪くなった患者を福岡まで行かせるべきではなかったのではないか、と振り返る。
「恩返し」の裏で、無力感に襲われた保護司の看取り
2024年、少年院から出院したあとに保護司になってくれた田中輝彦さん(享年84歳)を看取った。田中さんは、医学部を目指して浪人を繰り返している時に「早く医者になって俺の死亡診断書を書いてくれよ」と優しく背中を押してくれた人物だ。
「かつての恩返しをした」としてメディアで取り上げられたが、実際は「達成感などなかった」と水野さんは言う。
肺の病気で息が苦しく、痛みが強い中「しんどい、もう死にたい」と言っていた田中さんを前に、医師としてできることは何もなく、無力感が襲った。
患者と信頼関係を育み、本人や家族の希望を第一に考えるというポリシーは揺るがない。しかし、患者の希望とは何なのか、患者の希望を叶えることが本当に正しいのか、「誰も断らない」が故に、日々迷い、葛藤を続ける。

