患者の声に耳を傾けきれなかった夜

他人の気持ちを理解するのが苦手な水野さんが、日々の診療でお守りのようにしていた言葉がある。近代医学の父と呼ばれたウィリアム・オスラーの「患者の声に耳を傾けよ。患者が診断を教えてくれるだろう」という言葉だ。データだけではなく、患者の訴えに耳を傾けることが重要だという意味である。

スタッフ全員で患者についての情報共有を行う朝のミーティングの様子
筆者撮影
スタッフ全員で患者についての情報共有を行う朝のミーティングの様子

90歳の重症心不全患者の担当になったときも、人工呼吸器が取れた後、オスラーの教えに従ってじっくり患者と対話をした。日々の食事や嗜好品を確認して目標を決めると、患者のデータはみるみる改善した。

ところがその数日後の夜、看護師から「何かおかしいので来てほしい」と連絡が入る。しかし、激務に追われて5日ぶりに自宅に戻ったばかりだった水野さんは、「データは問題ないはずだし、少し休んでから行きます」と伝えた。

2時間後、再び電話が鳴り、「心肺停止状態です」という。慌てて駆けつけ、数時間かけて心肺蘇生を試みたが、結局心拍は戻らなかった。

最初の連絡で駆けつけていれば、違ったかもしれない――。苦いものがこみ上げた。

人の命を救うためには、患者だけではなく、患者に近しい看護師の声に、もっと耳を傾ける必要がある、と自分に言い聞かせた。

「なんで救ったんですか」と訴える患者の娘に

医師になって4年目の冬のこと。当時勤務していた金沢医科大学氷見市民病院(富山県氷見市)で当直をしていると、明け方、「雪の中に埋まっていた」という人の受け入れ要請があった。外は前日から降り続ける雪が40センチほど積もっている。

救急搬送された高齢の男性は、低体温症で今にも心停止しそうな状況だった。身元は不明。重度の貧血で状態は悪く、上司の医師は「これはさすがに無理だ……」と諦めた。だが、医師として使命感に燃えていた水野さんは「やれるだけやってみよう」と輸血をおこない、必死で救命。すると男性は奇跡的に回復し、上司にも褒められた。

翌日には身元が判明し、娘だという40代の女性が病院に現れる。水野さんが得意気に「お父さん、かなり危ない状態でしたが、なんとか救いましたよ」と伝えると、思いがけない言葉が返ってきた。

「なんで救ったんですか。死んでくれたらよかったのに……」

娘の口調には、怒りが込められていた。聞けば、父は家庭を顧みずに酒におぼれ、母の葬式にも出席しなかったという。母の死後、父とは別居。アルコール依存と認知症が進んだ父が、雪の中を徘徊していたのだ。

「私にも家族がいるんです。今更こんな人のためにめちゃくちゃにされたくない。好き勝手生きてきたのに、認知症になったら私が面倒見ないといけないんですか」

娘は泣きながらそう訴えたが、費用の問題などから、結局娘の家に父が同居することに決まった。

かつて救急病院で命を救った患者の娘から抗議の声を向けられたと語る
筆者撮影
かつて救急病院で命を救った患者の娘から抗議の声を向けられたと語る