診察では、血圧が高い患者に「強めの降圧剤に変更しましょう」と伝えても、「大先生に測定してもらえばまた血圧は安定するはず。大先生が戻ってくるまで血圧の薬は変えないでくれ」と言われてしまう。

また、古い時代のガイドラインを感じる処方内容だった患者に、説明して最新のガイドラインの処方をすると、翌日には「胸焼けがしたから、大先生の処方に戻してくれ」と再び来院する。

「患者にとっては、正確な血圧の値やエビデンスに基づいたガイドラインよりも、何十年も毎月父に血圧を測定してもらい、父と相談しながら選択をしてきたという事実の方が大事やったんです」

父は倒れる前、「患者さんに迷惑がかかるから」と言って強い鎮静作用のある痛み止めを自分で注射し、体調よりも診察を優先していたという。患者が父との関係性にこそ信頼を置いていたことを、父は一番よく分かっていたのかもしれない。

現在の水野クリニック外観
筆者撮影
現在の水野クリニック外観

2020年、父が亡くなると、コロナ禍で葬儀に参加できなかった地域の患者たちが沿道に100人ほど並び、父を乗せた車に向かって手を合わせた。

医療の正義が揺らいでいた水野さんが目指すべき姿が、そこにあった気がした。しかしその父からの教えが、後に水野さんを難しい決断へと導くことになる。

「末期だから家で寝とけっていうのは違う」

2023年、手の施しようがない状態になった末期癌患者の往診を依頼される。水野さんの経歴にも注目し、「誰も断らない医師」としてこれまでも何度か取材に来ていたテレビ大阪が、この患者とのやりとりを密着取材することになった。

虐待死のニュースをきっかけに、2022年から子ども食堂も始めた。「10年やって1人救えればいい」という思いで無料で食事をふるまう
筆者撮影
虐待死のニュースをきっかけに、2022年から子ども食堂も始めた。「10年やって1人救えればいい」という思いで無料で食事をふるまう

患者が在宅を選んだのは、最後まで自由に趣味のスポーツ観戦をしたいというのが理由だ。医療の正確性よりも患者との関係性に信頼の核心があると父から学んでいた水野さんも、「末期だから家で寝とけっていうのは違う。やれることはある」と患者の希望をサポート。

リスクと天秤にかけ、「6時間も相撲観戦なんて、まともな医者なら許可せえへん」と言いながらも本人の希望を尊重し、「大阪で開催された大相撲の千秋楽に同行した。

けれども、患者は次第に食が細くなり、容態も悪化。治療や看護のために毎日患者の自宅を訪れていた看護師は、「最後に福岡まで野球観戦に行きたい」と言う患者の希望を叶えたいと主張した。ところが、水野さんはこれに反対する。