会議後の意外な振る舞い

鈴木の経営スタイルは、常に「老い」と「時代の変化」との闘いだった。かつてメディアの取材に対し、「人間は年をとる。だがそれは頭ではわかっているが実感できる人は少ない。(中略)それが実感できるかどうかが結局は勝負の分かれ目になる」と語っている。

ところが、2016年、長年連れ添った創業家から、ついに鈴木自身が待ったをかけられる側に回る日が来た。自ら発議した井阪隆一社長の交代を含む人事案を巡って、「ガバナンスの要」として控えていた伊藤名誉会長が伝家の宝刀を抜いたのだ。これまで数々の反対を意に介さず突き進んできた男は、この一度だけは抗わなかった。

こちらに向かって人差し指を突き出すビジネスマン
写真=iStock.com/mapo
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鈴木はあっさりと辞任を決断する。自ら身を引く潔さもまた、彼らしい合理的な引き際だったのかもしれない。

周囲から「人を褒めたところを見たことがない」と評される鈴木だが、その裏には意外な素顔が隠されていた。当時の幹部たちの間で知られているのが、会議後の彼の振る舞いだ。

極めて不器用で人間臭い男

会議の席で部下をコテンパンに叩きのめした後、普通のトップならフォローを入れるところだが、不器用な鈴木はそうしない。その代わり、会議が終わった後、周囲にこっそりと「大丈夫かな。あいつは俺の話をちゃんと理解したかな」と漏らし、ひそかに気を揉んでいたという。

セブン‐イレブンの店舗は、整然としてよどみがない。一見すると無表情にも見える。しかし、その根底に流れているのは、「あったら便利だろうなぁ」という顧客の素朴な願いに対する異常なまでの執着である。

巨大なシステムの背後には、照れくさくて人を褒められず、部下を叱った後に陰で心配し、ただひたすらにお客様の喜ぶ顔を追い求めた、極めて不器用で人間臭い男の素顔が隠されている。

面接で一言も話せなかった少年は、いつしか、誰もが反対する場面でただ一人「NO」と言わない男になっていた。その静かな確信が、私たちの日常風景そのものを築き上げたのである。

【参考文献リスト】
週刊東洋経済 2023年4月1日号「【追悼記事 伊藤雅俊氏】変化を恐れず商人道を貫く」
東洋経済オンライン 2023年3月15日「イトーヨーカ堂創業者が愛誦した『商人』の極意」
日本経済新聞電子版 2016年4月23日「ビルから出てください 迷走セブン&アイ」
週刊ダイヤモンド 2015年6月6日号「特集 流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」
週刊ダイヤモンド 2005年7月2日号「編集長インタビュー イトーヨーカ堂/セブン‐イレブン・ジャパン会長兼CEO 鈴木敏文」
日経ビジネス 2001年5月14日号「特集 鈴木敏文の自縛」
AERA 1988年5月31日号「現代の肖像 セブン‐イレブン社長の鈴木敏文氏」

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