日本にコンビニは無理と猛反発された
鈴木がイトーヨーカ堂に転職することになったのは、30歳の時だ。最初の縁は、中央大学の同窓生の勧めでヨーカ堂を訪問したことだった。この時はいったん入社を断っているが、その後、テレビ局関係者らと制作プロダクションを立ち上げようとした際、出資を頼みに再びヨーカ堂を訪ねたことが、思わぬ転職のきっかけとなった。
入社後も、鈴木の妥協なき姿勢は変わらなかった。上司であった本部長が、取引業者との不明朗な関係や部下への責任転嫁によって若手社員の反発を買っていた際、鈴木は問題を解決するには彼に辞めてもらうしかないと社長に直談判し、刺し違え覚悟で組織を浄化したエピソードが残っている。
その後、彼が主導した数々の巨大プロジェクトは、常に周囲の「猛反対」から始まっている。1973年にアメリカのサウスランド社と提携してヨークセブン(現セブン‐イレブン・ジャパン)を設立し、翌74年に東京・豊洲に1号店を出した時も、流通の権威たちは日本でコンビニは成功しないと猛反発した。
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