ことしも夏休みがやってきた。毎日続くお弁当作りに疲弊する共働き世帯は多い。ドイツ在住作家の川口マーン惠美さんは「日本のお弁当の芸術度の高さは素晴らしい。ただし、子供に作る毎日のお弁当にそれが求められると話は変わってくる。時代の流れとともに変化はあるものの、ドイツでは、学校に持っていく“ランチボックス”も“夜ごはん”も、“調理”を加えないのが一般的だ」という――。
かわいらしいキャラ弁
写真=iStock.com/yajimannbo
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日本のデパ地下は「パラダイス」

日本で「すごい!」と感心することは多々あるが、その一つがお弁当。特にデパ地下に居並ぶお弁当は、私の目には全て芸術作品。お腹の空いている時に行ってはならない。どれもこれも買いたくなるから。

ちなみに、ドイツ人が初めてデパ地下に足を踏み入れた時の衝撃は半端ではない。あたかも地上の、いや、地下のパラダイスに紛れ込んだよう。彼らの食に対する感覚が、わずかずつ花ひらく瞬間である。ただ、開いたら開いたで大変。日本人と胃袋の大きさが違う彼らは、お弁当一つでは満足しない。

お弁当というのは、一つの完結した世界だ。ドーンと鰻重とかチラシ寿司でも、チマチマ色々なものが詰まっている幕内でも、あるいはサンドイッチでも、それだけでちゃんと満足できるようになっているし、しかも、美しい!

海鮮がぎっしり詰まったお弁当
写真=iStock.com/Jonathan Austin Daniels
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ただ、今日、私が書きたかったのはデパ地下の話ではなく、お母さんが作っているお弁当についてだ。

「園からのお便り」の中身に仰天した

偶然ながら、ある私立幼稚園の保護者向けのお便りを見た私はびっくり仰天。

そこには、栄養のバランスを考えた彩りの美しい手作りのお弁当を持たせるようにと、事細かな指示が書いてあったのだ。片手に収まるほどのお弁当箱を、指示通りの仕様にするためには、いったいお母さんは何時に起きればいいのだろう?

しかも、そういうことが好きな人はいいけれど、好きでない人も、できない人もいるはずだ。そうでなくても朝は忙しいのに、この幼稚園は、いったい母親にどれだけのプレッシャーをかければ気が済むのかと、私は腹を立てた(思えば、それは私の問題ではなかったのだが)。

私は昔から、子育てで一番良くないのは母親に多くのプレッシャーがかかりすぎることだと思い込んでいる。母親の仕事はキリがなく、しかも、家庭で“常態”が保たれている分には、誰も大して感謝もしない。ところが、それがちょっと崩れると、すぐに文句が出たりする。だから、真面目なお母さんほどストレスを溜め込む。

そこで、その対策として、母親は手を抜けるところは極力抜けばよいというのが、私の子育て中の方針であった。つまり、第一の信条にすべきは「完璧」ではなく、なるべくストレスなしでいること。

家の中が少々散らかっていても、子供の服が皺くちゃでも、お弁当の彩りが単調でも、皆がニコニコしている方がいい。疲れて不機嫌になっている母親ほど家族を不幸にするものはない。それが、今も変わらぬ私のドグマだ。