社で語り継がれる「冷やし中華事件」
なぜ、鈴木はこれほどまでに周囲との摩擦を恐れず、非常識を現実に変えることができたのか。それは彼の中に、「お客様にとってどうなのか」という絶対的な基準があったからだ。
この基準の前では、創業者の威光すら意味を持たなかった。過去の記録によれば、かつて創業者の伊藤雅俊が、セブン‐イレブンでキャッシュサービスビジネスを始めようと提案したことがあった。ところが鈴木は防犯上の危険性を理由に激怒した。
深夜営業のコンビニに現金を置けば、強盗を招き寄せるようなもの、短期的な収益のために店舗やオーナーを危険にさらすような商売はそもそも長続きしない――鈴木は部下にそう吐き捨て、「自分をクビにしてからやれ」と伊藤に直談判して提案を白紙に戻したという。
雇われの身でありながらここまで啖呵を切れるのは、私心ではなく「お客様のため」という強烈な自負があったからに他ならない。
商品の質へのこだわりも尋常ではなかった。後年、セブン‐イレブン・ジャパン社長を務めた井阪隆一は、週刊ダイヤモンドのインタビューで、鈴木が組織に植え付けた「まずいものは悪」という哲学を明かしている。
社内で伝説のように語り継がれているのが、春先の看板商品である冷やし中華の開発で、何度作り直しても鈴木の試食を通らず、11回連続で却下された出来事だ。しびれを切らした販売担当者が、そろそろ出さないと機会ロスになってしまうと泣きついたところ、鈴木は笑いながらこう返したという。「いいじゃないか、まずいものを出すよりは」。
売上や利益よりも、まずい商品を出して顧客の信用を失うことのほうがよほど恐ろしい。この徹底した姿勢が、圧倒的な商品力の源泉となったのである。
ビッグデータより「車中のラジオ」
鈴木はデータ重視の経営者と思われがちだが、商品の仮説を立てる段階では「流通の世界ではほとんど通用しない」としてビッグデータをあえて使わなかったという。代わりに重視したのは、極めてアナログで泥臭い情報収集法だった。移動中の車内では常にラジオをつけっぱなしにし、ニュースや情報番組から世相の変化を感じ取る。それが鈴木のスタイルだった。
また、現場の常識を心地よく破壊することにも長けていた。
業績不振で店長交代となったアリオ上尾店での出来事だ。関係者の証言によれば、新店長に対し、鈴木が告げたのは、店が一つ潰れたところで会社が潰れるわけではないのだから、失敗を恐れず好きにやってみろという型破りな指示だった。
その店長は鈴木の指示を受け、店舗のテラス席での「セルフバーベキュー」という奇策を打ち出す。店舗の敷地内で火や生肉を扱うことは、火災や食中毒の懸念から小売業ではご法度とされており、通常なら本部が即座に却下するところだ。しかし鈴木の強烈な後ろ盾があったため実現に至り、店内で肉を買って手ぶらでバーベキューができるこのサービスは口コミで広がり、精肉などの売り上げを劇的に伸ばす大成功を収めたのである。

