新しい技術を否定した人間は淘汰される
その直後、もう一つの転機が訪れる。手術支援ロボットの登場である。最初、竹政はロボット手術には懐疑的だった。
「ロボットは腹腔鏡よりも傷が大きくなる。どうかなと思った。しかし、友人の医師がロボットはいいと言う。何がいいかと聞くと、早くて正確、再現性が高いと」
アメリカでのロボット手術視察の現場で、竹政の頭に浮かんだのは、腹腔鏡手術を始める前のことだった。自分は一度、開腹手術の技術にこだわって腹腔鏡手術を拒否した。
「新しい技術を否定した人は淘汰され、腹腔鏡をやっている人が中心になった。ロボットには可能性があると感じました。自分の指が曲がる方向は限られている。しかしロボットだと関節を360度、曲げることができる。手術の自由度、正確性が間違いなく高まる。新しい技術やコンセプトを毛嫌いしてはならない」
竹政は大阪大学に掛け合って、アメリカのインテュイティブ社の手術支援ロボット――ダビンチを日本で初めて導入してもらった。2012年のことだった。
単孔式手術を可能とするロボットの開発を提案
ロボット手術では患者の体に直径8〜12ミリほどの4つの穴を開け、そこからアームに取り付けたカメラと手術鉗子を挿入。術者は、コンソールと呼ばれる操縦席に座り、3D画像を見ながらハンドルとペダルを操作して手術を行う。
持ち前の探究心と技術で竹政は日本初、世界初となる術例を数多く手がけた。大腸のロボット手術の第一人者となった竹政は世界のロボットメーカーから意見を求められるようになった。そこで彼は単孔式手術を可能とするロボットの開発を提案している。
これまで竹政が注力していた単孔式とロボットの融合だ。しかし、当初メーカー側は乗り気でなかったという。それでも後にこの意見が取り入れられ、一つのアームの先に柔軟性のある手術鉗子を4つ取り付けたダビンチSPが開発された。
そんな単孔式にこだわる竹政を心強く思った男がいた。大森 健である。
大森は1971年に京都で生まれた。大阪府の高槻高校から現役で大阪大学医学部に進んだ。竹政と大森は同じ消化器を専門とする外科医ではあるが、その歩みは対照的だ。大学卒業後は母校、大阪大学医学部附属病院第一外科に入局。
その後、日生病院、広島県の呉医療センターに移った。「呉は(大阪から)遠いので何人も断ったそうです。ぼくは受けざるを得なかった」と苦笑する。そして大手前病院、大阪大学医学部を経て、2007年に大阪警察病院に入っている。
「当時の警察病院は腹腔鏡が主流でした。膵臓がん以外、大腸、胃、ヘルニアを単孔式で手術をしていました」

