人生を変えた「任天堂からの招待」

海外クリエイターが来日し、日本のゲーム開発の現場に身を置いたとき、品質への追求姿勢にカルチャーショックを覚えることがある。

米ゲーム開発業界誌のゲームデベロッパーの取材に応じたイギリス出身の開発者、ディラン・カスバート氏は、パソコン「アミーガ(Amiga)」向けのゲーム開発者としてキャリアをスタートさせた。

当時、ファミリーコンピュータ(ファミコン)の海外版にあたるNES(Nintendo Entertainment System)はヨーロッパ市場にほとんど浸透しておらず、日本のゲーム文化は遠い世界だった。

ところが、ゲーム開発会社アルゴノート・ソフトウェアで彼が手がけたゲームボーイ向けの3Dデモに、任天堂が目を留める。わずか2週間後、カスバート氏は京都へ招かれたという。

日本のことはほとんど何も知らなかった。それでも初めての日本訪問中、「ここで働き、暮らしたい」と迷わず心を決める。ゲームボーイを生み出した任天堂の横井軍平氏のチームに合流し、スーパーファミコン初の3Dシューティングとして話題を呼んだ『スターフォックス』の開発に参画。2001年には京都に自身のスタジオ、キュー・ゲームスを設立し、以来日本を拠点に開発を続けている。

グループインタビューに答える任天堂の宮本茂代表取締役フェロー=2024年9月25日、京都府宇治市のニンテンドーミュージアム
写真=時事通信フォト
グループインタビューに答える任天堂の宮本茂代表取締役フェロー=2024年9月25日、京都府宇治市のニンテンドーミュージアム

1ピクセルでも妥協をしない

カスバート氏が日本にいっそう惹かれたのは、ゲームデザインのごく小さな要素にまで手を抜かない、任天堂のこだわりだった。

「だから、彼らと仕事をするのは本当に楽しかった」と語るカスバート氏。彼自身もまた、細部への妥協を知らず、「たった1つのピクセルを美的に“正しい”位置に配置するためだけに、何時間も費やしたことがある」と語る。

任天堂ではまさに、ピクセル単位の調整にも手を抜かない、同じ感性の仲間たちに巡り合えた。この経験が、日本への愛着をいっそう深めることになったと、2023年のゲームデベロッパー誌に明かしている。

同じく任天堂をめぐっては、『スーパーマリオブラザーズ』や『ゼルダの伝説』の生みの親として知られるゲームデザイナー、宮本茂氏による徹底した品質管理が話題だ。現在でも脈々と受け継がれているとして、海外の関連メディアが報じている。

メトロイドシリーズ初の3D一人称視点タイトル『メトロイドプライム』や『ドンキーコング リターンズ』を手がけた任天堂のアメリカ子会社、レトロスタジオ。同スタジオの開発者たちが、スポーツメディアのスポーツキーダが2022年に実施したインタビューの中で、宮本氏との仕事を振り返っている。

それによると、『メトロイドプライム』のオーディオデザイナー、クラーク・ウェン氏にとって、宮本氏は『スター・ウォーズ』で言うならば、迷えるキャラクターたちを正しい方向へと導くヨーダのような存在だったという。

「知恵に富んでおり、まさに賢人といったところでした」と語るウェン氏。「ほんの短時間だけデモのステージをプレイしただけなのに、改善できる点をズバリ指摘する能力があったのです」