「マリオの生みの親」が持つ異次元の観察眼

宮本氏は容赦がなかった。『ドンキーコング リターンズ』のシニアディレクター、ブライアン・ウォーカー氏は、企画案を何度も退けられ、「最初からやり直せ」と言い渡された、と自身の経験を振り返る。

宮本氏は一体、ゲームのどこを見ていたのか。同作のデザイナー、マイク・ウイカン氏は、それを肌で感じることになる。

テストプレイに臨んだ宮本氏は、主人公のゴリラであるドンキーコングをステージの隅で行ったり来たりさせ、砂ぼこりのアニメーションを見つめ続けた。実に、20分間。

チームは困惑した。どこかに設計ミスでもあるのだろうか。だが宮本氏は別のことを考えていた。走るドンキーコングが息を吹くよう、表情にアニメーションを加えるよう求めたのだ。

感情の読みにくいゴリラのキャラクターに、個性的な表情を持たせることで、一気に親しみやすくしたのだろう。ウイカン氏は、「彼は即座に核心をつかんでいた。ドンキーコングに少し風変わりな味付けをしたかったんだ。完璧な判断だった」と振り返る。

日本のゲーム会社が最も大事にしていること

こうした細部への執着の背景には、日本のゲームスタジオに広く根づいた開発哲学がある。

任天堂に勤める数少ない欧米人ゲームデザイナーの一人、ジョーダン・アマロ氏がその違いを語っている。コジマプロダクションやカプコン、フロム・ソフトウェアなど複数のスタジオの開発を間近に見てきた同氏は、ゲームデベロッパー誌が取りあげたゲームメディア「グリクセル(Glixel)」のインタビューでこう指摘する。

日本で何より重視されるのは「メカニクス」、つまりどう遊ぶかという仕組みの設計だ、と。世界観でもストーリーでもない。スケールやビジュアルで勝負しがちな欧米とは、発想の出発点が根本的に違うのだという。

企画提案の場を見れば、その差は明白だ。コジマプロダクションのロサンゼルスオフィスには、かつて欧米のクリエイターから企画書が届いていた。書き出しは決まって世界観の説明だったと、アマロ氏は振り返る。

ゲームプレイに触れるのは、ようやく5ページ目か6ページ目、ときには10ページ目になってからだ。肝心の「どのようにプレイするか」については、いつも語られないままだった。翻って日本の企画書は「1ページ、多くて2ページ」。1ページ目にゲームの内容と遊び方を書き、2ページ目にはイラストを1枚添える程度だ。