夫婦でうつ病に

結婚後、松竹さんは夫の希望で2年間は専業主婦となったが、夫の勤める語学学校の語学部責任者の席が空いたため、応募すると即採用される。その頃、夫は総務部に異動していた。

語学学校の語学部責任者として働き始めた松竹さんだったが、すぐに上司から勧められ、アメリカの大学に入学。アメリカ文学や英語教育を学んだ。

帰国後は、夫の勤める語学学校の非常勤講師として採用。2年後に試験に合格し、常勤の正規雇用の講師になった。

「この出世が火種になり、先輩からひどい扱いを受け、メンタルをやられました。大学入学を勧めてくれた上司も傍観です。誰もかばってくれませんでした。死にたくなりました」

ある日、いつものように仕事に行こうと目が覚めたものの、どうしてもベッドから起き上がれなかった。職場に休むことを伝え、かかりつけの内科を受診すると、精神科を紹介される。精神科では「うつ病」と診断され、カウンセリングに通い始めた。

「職場でのいじめに耐えられなかったのは、やはり子どもの頃の家庭環境に原因がありました。私は休職して、子ども時代のことを振り返り、“生き直し”を始めました」

松竹さんは37歳で休職を決め、その後、退職することになった。

一方、同じ職場に勤めていた夫は、60歳になると、それまでより仕事も給料も半分の契約になってしまった。このことをきっかけに、夫は徐々に元気をなくしていき、63歳でうつ病と診断され、最後の1年は傷病手当を受け取った。

「夫の語学力では、もともと契約内容を理解するのにハンデがあったのだと思いますが、うつ病になった夫はますます理解力が落ちていました。私が事態に気付いたのは、夫が契約書類を自分で処理できなくなってからでした」

深夜1時半の電話

21歳年上の夫のうつ病は働かなくなってから徐々に症状が軽くなったものの、徐々に松竹さんによるサポートが必要な状態になっていった。そして、退職から二十数年たった2025年1月のある日、夫は病院から帰らず、行方不明になった。警察の協力を仰ぐも見つからない。

心配しながらも待ち疲れて寝てしまった松竹さんは、深夜1時半頃、突然のスマホの着信音に飛び起きた。夫からだった。だが声が違う。聞けば、タクシードライバーだという。

「ご主人が、住所がわからないと言っているのでかけさせてもらいました」

夜間に走行中のタクシー
写真=iStock.com/Marco_Piunti
※写真はイメージです

「親切なドライバーさんが気を利かせて、夫の携帯でかけてくれました。帰宅した夫は、『行方不明じゃない。ちゃんと帰ってきた!』と主張します。心底『バカヤロー』と思いました。飲まず食わず、トイレにも行かず、ズボンは濡れていました。ともかく風呂に入らせ、へとへとになりながら朝を迎えました。この日をきっかけに、1人での外出を禁止しました。夫も不安があったようで、『夏子が付いてきてくれるほうが安心だ』と納得しました」

夫は、80歳をすぎたから認知症らしい兆候が見られるようになったが、この一件以来、その症状が一気に進み、松竹さんは怒涛の介護生活にのみ込まれたのだった。

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